抗菌薬適正使用のための“道しるべ”

公益財団法人大原記念倉敷中央医療機構 倉敷中央病院
臨床検査・感染症科 副医長
上山 伸也 先生

医学の発展により、人類は多くの“薬剤”を生み出してきた。その種類はあまりに膨大である。病気を予防するための”ワクチン”、病気を治療するための抗がん剤、降圧薬、ステロイド薬などなど、多くの薬剤が存在するが、処方量が増大していることに対して警鐘が鳴らされているのは抗菌薬だけではないだろうか。
もちろん薬剤の使用に関しては副作用への配慮が必要であり、専門的な薬剤であるがゆえに処方できる医師を専門医に制限するなどの対応がなされることはある。しかし全世界的に適正使用が謳われているのは抗菌薬だけである。理由は明白だ。耐性菌が全世界的に増えているからだ。ESBL産生菌の拡大を考えればその脅威は明白だろう。10年前、いったいどれほどの医療従事者がESBLという言葉を知っていただろうか。2050年にはヒトの死亡原因としてがんによる死亡よりも、耐性菌による死亡が上回るという推計も出されている。今手を打たないと取り返しがつかなくなるだろう。

さて国内では厚生労働省主導で薬剤耐性対策アクションプランが決定され、抗微生物薬適正使用の手引きも公開された。また国内には様々な日本語で執筆された感染症の良書がある。これらの手引きや良書に従って感染症診療を行えばおそらく抗菌薬の適正使用は推進できるだろう。

しかし感染症診療は簡単なようで、実はとても難しい。感染症を治療する上で使用するべき抗菌薬、投与量、そして最低限の治療期間を覚えている方はどのくらいおられるだろうか。MRSAによる化膿性椎体炎であれば、バンコマイシンで6-8週間である。最適抗菌薬はダプトマイシンやリネゾリドではない。治療期間もCRPだけをみて決めてよいわけではない。内服変更の際も注意が必要である。感受性があるからといってミノサイクリンを使用してしまうと再燃する可能性がある。クリンダマイシンやレボフロキサシンとリファンピシンの併用などを検討するべきである。Candida albicansによるカテーテル関連血流感染症であれば第一選択はフルコナゾールであり、治療期間は”血液培養陰性化”から2週間である。この答えを即座に明快に、そして具体的に答えてくれるのが、”治療薬ガイド”である。もちろん時間のある方は前述した教科書をひも解けば、答えはそこにある。なぜそうするべきか、という記載もあるだろう。もちろん時には教科書で確認するべきである。しかし、医師すべてが感染症に興味があるわけでもないし、限られた時間の中で、効率的に診療する必要もあるだろう。そのような人にこの”治療薬ガイド”は極めて有用である。感染症の診断さえつけば(その診断をつけるのが最も難しいのだが)、その先の道しるべをこの”治療薬ガイド”が示してくれる。しかもサンフォードガイドよりも具体的だ。投与方法、腎機能に応じた投与量まで提示してくれる。抗菌薬が不要な病態であれば、抗菌薬は不要と明記される。

正しい感染症の治療を提供してくれ、抗菌薬の適正使用への近道を示してくれる”治療薬ガイド”は忙しい、感染症専門外の医師にこそ有用だ。この”治療薬ガイド”が抗菌薬適正使用の一助になることを祈ってやまない。

公益財団法人大原記念倉敷中央医療機構 倉敷中央病院

臨床検査・感染症科 副医長

上山 伸也先生

2004年 金沢大学医学部医学科卒業
2004年 倉敷中央病院 初期研修
2006年 倉敷中央病院 小児科後期研修
2008年 成育医療研究センター 感染症科フェロー
2010年 河北総合病院小児科、感染症科兼任医長
2012年 東京医科大学 感染制御部助教
2013年 倉敷中央病院 臨床検査・感染症科