2019.12.10 | コラム

死因「憤死」とは?

歴史物の記載で時折みられる「憤死(ふんし)」について、現代医学の視点で考察します
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「三国志呉(ご)の陸遜(りくそん)、主君孫権(そんけん)に詰問され憤死」(西暦245年)
「早良親王(さわらしんのう)、藤原種継(たねつぐ)暗殺事件の罪を疑われ淡路島に流刑となる際に、無実を訴え絶食し憤死」(西暦785年)
「ローマ教皇グレゴリウス7世、カノッサの屈辱後ハインリッヒ4世に攻められサレルノにて憤死」(西暦1085年)
「ローマ教皇ボニファティウス8世、小都市アナーニに滞在中に捕らえられ傷心して1か月後に憤死」(西暦1303年)

このように洋の東西を問わず、歴史上の人物が憤死したという記録をよくみかけます。
人気の歴史小説「三国志演義」にはフィクションが多く含まれますが、蜀(しょく)の名軍師、諸葛亮(しょかつりょう)が周瑜(しゅうゆ)、王朗(おうろう)といった多くの智将を書状や舌戦で論破し、憤死させた記述を読んだことのある人もいるかもしれません。

では「憤死」とはいったいどのような死に方なのでしょうか。現代医学の視点から考察してみようと思います。

1. 辞書的な意味での憤死

まずは辞書的な「憤死」の本来の意味を確認します。

 

【憤死(広辞苑第7版、岩波書店)】

  • 憤慨して死ぬこと

 

上記のように書かれています。
それ以外の用法として、以下のようなものもあります。

 

  • 大谷翔平選手、ホームベースに突入するもあえなく憤死
  • ドラえもん、人気投票1位をのび太に奪われ憤死

 

これらのように、野球でランナーが惜しくもアウトになる場合や、憤慨している誰かを嘲笑するような場合(主にネットスラングとして使われる)に、実際には死亡していないにもかかわらず「憤死」と表現することもあります。今回のコラムでは野球や嘲笑の用法には触れず、実際に死亡するケースに関して考察を進めていきます。

 

2. 死亡状況から考察した憤死

辞書的な憤死の意味を確認したところで、今までに記録のある憤死について、どのような状況で死亡したのか確認してみます。

まず冒頭で挙げた早良親王についてです。彼は流刑となる際に無実を訴えるため絶食して死亡しました。怒ってその場でぽっくりと亡くなったわけではなく、絶食による脱水や栄養失調などが直接の死因かもしれません。また、記録には残っていませんが境遇に絶望して自殺した可能性などもあるかもしれません。

次にアナーニ事件で有名なローマ教皇ボニファティウス8世についてです。彼は事件が発生してから憤死するまでに1か月の間があり、彼もまた憤慨してすぐに死亡したというわけではありません。そして、直接の死因は腎臓病を患っていたためという説が有力なようです。

憤死というと、激しく憤慨してその場で亡くなるというイメージを持つ人が多いかもしれません。しかし、実際に歴史上の憤死を振り返ってみると、怒りや失意をかかえたまま不遇の時間を過ごし、すこし経ってから亡くなるケースが多いようです。

 

3. 医学論文から考察した憤死

他方で、憤死に関連する医学研究についてご紹介します。「怒り」というのは数値化しにくいものでもあり、「怒り」について本格的に扱った医学論文は多くありません。しかし、有名な医学雑誌に掲載された論文に、「怒り」と「心室頻拍心室細動という命に関わる危険な心臓の不整脈」との関連性を調べたものがあります(J Am Coll Cardiol 2009;53(9):774-778.)。

この研究では植込み型除細動器を体内に埋め込む手術を受けた62人が対象となっています。植込み型除細動器は心室頻拍心室細動が起きた際に作動して、自動的に電気ショックをかけてくれる装置です。この装置を埋め込む人は心室頻拍心室細動が起こりやすいという背景があります。

この62人に面倒な算数の計算をさせる、怒った体験談を話してもらいそれに対してインタビュアーが煽る、という方法で怒らせた時の心電図を記録し、T波オルタナンスという値を測定しました。その後に年単位で追跡した結果では、怒りによって大きなT波オルタナンスが計測されていた人たちでは、後に心室頻拍心室細動により除細動器が作動する頻度が大幅に上昇することが分かりました。

心室頻拍心室細動は除細動器がなければ亡くなっていてもおかしくない危険な不整脈です。この結果から怒りの影響を心臓が受けやすい人では、突然死しやすいということが分かりました。もちろん不整脈が起こりやすい人における結果が全員に当てはまるとは言えませんが、怒りが人体に与える影響は決して無視できないインパクトなのかもしれません。

 

その他、ストレスや怒りは高血圧を招きやすい(JAMA 224;489,1973.)とも言われています。もともと動脈硬化が強い人や脳動脈瘤があるような人では、怒りで急激に血圧が上がった拍子に脳の血管が破れて脳卒中を起こす可能性などもありそうです。

 

4. 憤死についての総合的な考察

ここまでの考察から、「激しく憤慨してその場で亡くなる」という典型的な憤死のイメージで絶命することは確かにありそうです。また、その場合の死因として不整脈脳卒中が考えられそうなことがわかりました。

一方で、歴史上実際に見られている憤死は、その場でぽっくりと亡くなるというよりは、すこし時間をおいて亡くなるケースが目立ちます。その際の医学的な真の死因は持病の悪化など、怒りと直接は関係ないものが多そうです。自殺などもあるかもしれません。

憤死とは辞書的には「憤慨して死ぬこと」です。しかし、その裏には何らかの直接的な死因が隠れているわけです。したがって結論としては、憤死は医学的な死因ではなく、「憤慨しながら死ぬこと」というように亡くなった時の心理状態を指す、という解釈が妥当と思われます。

 

過去の真相はその時代を生きた人にしかわかりません。しかし、医学の知識を用いると過去の積み重ね(歴史)を見透かしていくことができます。このコラムが今後、歴史を楽しむ際の一助になれば幸いです。

 

 

参考文献

・Rachel Lampert et al. : Anger-Induced T-Wave Alternans Predicts Future Ventricular Arrhythmias in Patients With Implantable Cardioverter-Defibrillators. J Am Coll Cardiol 2009;53(9):774-778.

・Cobb S, Rose RM. : Hypertension, peptic ulcer, and diabetes in air traffic controllers. JAMA 224;489,1973.

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。