耐性菌と抗菌薬の切っても切れない関係
耐性菌と切っても切れない関係にあるのが抗菌薬です。「抗菌薬を不適切に使うことで耐性菌が増えている」という話を聞いたことはありませんか?
抗菌薬は細菌を倒すための薬であるのに、どうしてこれを使うと耐性菌が増えてしまうのでしょうか?
抗菌薬は細菌になにをしているのか?
抗菌薬とほぼ同義の言葉に抗生物質があります。抗生物質とは微生物が産生する物質のことで、他の微生物の増殖機能や生態維持機能を妨害して増殖しにくくさせます。つまり、微生物は自分が有利に生きるために他の微生物が増殖しにくくする物質を作っているのです。
これを利用して作られた抗菌薬は、細菌を増殖させないようにすることで感染症を治す手助けをしています。
抗菌薬と細菌の抱えるジレンマ
細菌の耐性化には多くの原因があることが分かっています。耐性菌になってしまうと治療できる薬が限られるため、細菌の耐性化はできるだけ避けたほうが良いです。
いったいどうして細菌は耐性化してしまうのでしょうか?
細菌が耐性化するのはどうしてか?
生態のバランス原理から考えると、抗菌薬によって細菌が攻撃された場合、攻撃をなんとか回避しようとする方向に自然淘汰の力が働きます。つまり、細菌は抗菌薬から身を守ろうとするかのように変化するのです。
細菌が身を守ろうとする方法にはいくつかあることが分かっています。代表的なものは以下になります。
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抗菌薬を分解する能力を得る
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細胞外膜を強化して抗菌薬を細菌の内側に侵入しにくくする
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ポンプを使って細胞の内側に入ってきた抗菌薬を細胞の外に排出する
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細胞内に侵入した抗菌薬が結合して作用する部位を変化させて作用しにくくさせる
また、これらの作用の中にはいつも働いているものもあれば、スイッチが入った時に強化されるものもあることが分かっています。
抗菌薬を使うことで増える耐性菌
細菌に対して抗菌薬を使うと耐性化のスイッチが入ることがあります。特に抗菌薬の血中濃度が適切な水準よりも低い状態では細菌の耐性化が起こりやすいことがわかっています。逆にある程度以上の血中濃度になると耐性菌が生まれにくくなりますので、抗菌薬は中途半端な量を飲むのではなく、過去のデータに基づいた適切な量を飲むことが大切です。
これはどういったことなのかもう少し詳しく見ていきましょう。
抗菌薬の血中濃度と耐性菌
抗菌薬が細菌に対して有効かどうかを見る指標としてMIC(最小発育阻止濃度:Minimal Inhibitory Concentration)という濃度が有名ですが、MPC(耐性菌出現阻止濃度:Mutant Prevention Concentration)という濃度も注目されています。
MICは「抗菌薬がこれ以上の濃度になれば細菌が増殖できなくなる濃度」の目安となり、MPCは「抗菌薬がこれ以上の濃度になれば細菌が耐性化しない濃度」の目安となります。
また、MICとMPCの間にMSW(耐性菌選択濃度域:Mutant Selection Window)という濃度も考えられています。MSWは「通常の菌であれば概ね殺菌されるが、耐性化することのできる菌は生き残ってしまうことが予想される濃度」のことを指します。
抗菌薬は大量に使うほど良いというわけではありません。確かに、抗菌薬を大量に使えば細菌を攻撃する能力は上がりますし耐性菌は出現しにくくなります。しかしその一方で、薬剤の副作用が出やすくなってしまいます。そのため、決められた量を使うことが大切になるのです。
MIC値が分かれば治療効果は予測できる?
ここで忘れてはならないのは、上で述べた濃度は実験室でのデータであることです。つまり、人体の中で起こった細菌感染に対して有効なのかどうかの参考でしかないということです。しかし、この参考というのは決してなんとなくという意味ではなく、実際のデータからこの程度のMIC値であれば治療成功できる(S:SusceptibleあるいはSensitive)という判断を下しています。
このデータは時間の経過とともにずれていくため適宜修正されています。そのため今までこの抗菌薬で治療できたのに、突然推奨されなくなったということがたまに起こるので注意が必要です。
耐性化が起こると周りの細菌も耐性化する?
耐性菌の持つ薬剤耐性の情報が周囲の細菌に伝達されることがあります。例えばプラスミドを介して耐性遺伝子の情報を周囲の細菌に伝達することがあり、時として細菌の種類を超えて耐性化が広まることもあります。そのため、耐性菌がいつの間にか大多数になっているということもあるのです。
実は細菌が耐性菌になるのにはエネルギーが必要ですので、多くの細菌はいつでも耐性化しようとしているわけではありません。普段は省エネモードで耐性化していない細菌が、抗菌薬の影響を受けることがきっかけになって、耐性化のスイッチが入るのです。ですから、不必要な抗菌薬は使用しないことが大切です。
細菌の耐性化と同じくらい大切な「常在菌叢の破壊」
身体の外から細菌が侵入してきた時に、常在菌は侵入菌が体内で繁殖するのを妨げてくれています。しかし、抗菌薬を用いると感染の起炎菌のみならず、身体にいる常在菌も少なからず影響を受けてしまいます。特に広域スペクトラム抗菌薬と呼ばれる多くの細菌に有効な抗菌薬を使用したときは、体内の多くの常在菌が死滅してしまいます。
常在菌がいなくなってしまった場合は、それまで体内で繁殖することはなかった細菌まで繁殖することができるようになります。それは耐性菌も例外ではありません。つまり、抗菌薬を使用するということは、常在菌を死滅させることで特殊な細菌が体内に侵入するリスクを高めているということになります。そのため、使用する抗菌薬はできるだけ感染の起炎菌のみに効くもの(狭域スペクトラム抗菌薬)を用いるようにする方が良いという考え方が尊重されるのです。
耐性菌を作らないためには抗菌薬を使わないことが必要なのか?
抗菌薬を使用することで耐性菌が増えるのであれば、抗菌薬を使用しないことが耐性菌の出現を防ぐための重要な要素になります。しかし、細菌感染症治療の上で抗菌薬は非常に有効な切り札です。もちろん軽症であれば細菌感染症に対して抗菌薬を使わないという選択肢も出てきますが、抗菌薬を使用しないことによって治るものも治らなくなってしまえば本末顛倒です。
過去のデータから勝率の良い抗菌薬の使い方が推奨されています。抗菌薬は決められた量を決められた期間使用するということが大切です。これを抗菌薬の適正使用と言います。
抗菌薬の適正使用とは一体何なのか?
抗菌薬の適正使用が大切であるという話が様々な場所から聞こえてきます。もちろん薬は適正に使うべきものであることは間違いないのですが、適正使用とは何をもって定められているのでしょうか。
なにによって適正使用は決められている?
抗菌薬の適正使用に関しては海外においても国内においても多くの主体がガイドしています。例えば国内でも、厚生労働省が「抗微生物薬適正使用の手引き」を出していますし、学会や病院レベルで定めているものもあります。また、海外にも多くの抗菌薬適正使用のガイドがあります。これらは病気ごとに使用するべき抗菌薬の種類・投与量・投与期間をガイドしており非常に参考になるのですが、病気によってはガイドごとに違う抗菌薬を支持しているものもあります。
どうしてこういった事態になるのでしょうか。
感染症の治療はどう考えるべきなのか
細菌感染症治療において考えるべきことはいくつかあります。まず基本として考えるべきことは以下の3つです。
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どんな細菌が原因となっているのか
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どこで感染が起こっているのか
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感染の勢いはどの程度か(重症なのか軽症なのか)
これらを考えることでどういった治療を行うべきかを絞り込むことができます。しかし、これだけでは完全ではありません。
例えば、同じ細菌の種類の中でも地域や病院によって薬剤感受性(≒耐性菌の割合)が異なりますし、膿瘍などの合併症がある場合にも治療方法が変わってきます。また、本人の背景(持病の有無、常用薬の有無、腎機能など)も考慮する必要があります。いわば患者一人ひとりにオーダーメイドの治療が重要になるのです。
細菌感染症の治療を大きく分けると2つのフェーズがある
細菌感染症の治療を行うとき考えるべきことは上で述べました。しかし、最初に治療が開始されるタイミングでは、どんな細菌が原因となっているのかについてはわからないことが多いです。そのため、抗菌薬治療を始める前に細菌塗抹検査と培養検査を行って起炎菌を特定していきます。塗抹検査と培養検査は各々が一長一短であるので、弱点を補完しあうために同時に行うべき検査です。以下にその特徴を示します。
塗抹検査 |
培養検査 |
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検査内容 |
・感染を疑う部位の検体(痰、尿、血液、膿など)を染色して顕微鏡で見る |
・感染を疑う部位の検体(痰、尿、血液、膿など)を特殊な培地で培養する |
得意な点 |
・10-20分程度で結果が出る ・細菌の名前を予測できる |
・細菌の名前を特定できる ・薬剤感受性検査も行える |
不得意な点 |
・細菌の名前を特定できない ・薬剤感受性がわからない |
・時間がかかる(薬剤感受性がわかるまでは少なくとも数日以上かかる) |
培養検査の結果が返ってきて初めて本当の起炎菌とその薬剤感受性がわかります。培養検査の結果が返ってくるまでは、予測の上で最適と思われる治療をするしかないことになります。つまり、培養検査の結果の前後で治療はフェーズが異なるのです。
適正使用を考えることの難しさ
起炎菌と薬剤感受性が判明した上で細菌感染症を治療することは比較的易しいです。(もちろん難しい場面はありますが、その場合は感染症を専門としている医者に相談することが望ましいです。)一方で、まだ起炎菌も感受性も分かっていない場面での最初の治療は非常に難しいです。過去のデータを参考にした経験的治療(エンピリックセラピー:empiric therapy)を行うことになります。
起炎菌と薬剤感受性が判明した時に、経験的治療で用いていた抗菌薬よりも適正な抗菌薬があると判明した場合は抗菌薬を変更することになります。
どの抗菌薬を使うべきかと同じくらい難しい、どのくらいの量を使うべきかという問題
日本国内と海外では同じ抗菌薬でも推奨投与量が異なることがあります。少なくとも海外のものを海外の人に使う限りは海外の推奨投与量を用いれば良いと思います。しかし、本当に日本国内で海外で用いられている量を用いることができるのかという疑問は残ります。海外における投与量を用いた形を前提に海外ガイドの推奨抗菌薬が決まっていたりしますので、我々はどのデータがどういった背景を踏まえているのかを吟味してからガイドを利用することが大切です。
どの基準に従えば良いのか?
経験的治療は過去のデータに基づいて判断されています。データは多くのものが反映されたものが望ましいです。現段階で海外のデータと日本のデータを比べると、海外の方が多くのデータを反映している可能性が高いですが、海外のデータに日本の細菌事情や抗菌薬使用事情が反映されているわけではありません。そのため、日本でどういった治療選択があるのかを知っておくこととそれの根拠を知っておくことが大切です。
また、判断が難しい場合は感染症を専門としている医師に相談して考えを聞くことも必要です。そうすることで同じシチュエーションでどう治療するべきかを判断しやすくなります。
抗菌薬治療の効果に不安を感じた時
抗菌薬の血中濃度がMSWにある場合は、一見抗菌薬が有効に見えても時間経過とともに段々と耐性菌の割合が増えてくることで効果がなくなってしまう場合があります。また、抗菌薬の治療効果が乏しいと感じた場合には、耐性菌の出現以外にも多くの原因が考えられます。そのため、抗菌薬治療を行ったら必ず数日後に治療効果があるのかを判断することが大切です。もし治療効果がないかもしれないと感じたら、以下のことを確認することが望ましいです。
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感染症以外に原因がないか
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効果を感じなくても、実は効いているのではないか
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抗菌薬の投与量や投与間隔は正しいか
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膿瘍など抗菌薬が届きにくい原因はないか
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耐性菌が感染の原因となっていないか
どうして抗菌薬を適正に使用することが大切なのか
抗菌薬と耐性菌の問題は日本国内だけの問題ではありません。全世界的に問題となっていて、2050年までに多剤耐性菌(複数の抗菌薬が効かなくなった細菌)の感染によって年間1000万人が亡くなるという予測が報告されました。また、死亡者数の問題だけでなく耐性菌感染による経済的損失は100兆ドル(およそ1京円)を超えるとも予測されています。これは非常に大きな問題で、医療経済的な問題から細菌感染を治療することすらできないという状況が来るかもしれないことを意味します。
たった今は危機的状況でないとしても、近未来的に大きな問題をはらんでいるのであれば、今のうちに考えるべきことを考えておく必要があります。
耐性菌問題に対処するために我々ができることはいくつかあります。ワクチンの接種や感染対策の啓蒙、新薬の開発など多くのことがありますが、既存の抗菌薬を正しく使うことも非常に大きな力を発揮すると期待されています。1人の医師が変革しようとしても小さな力しか発揮できませんが、多くの医師が変革ムーブメントを起こすことで、2050年を予測と違った未来にしたいと願っております。
執筆者
※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。