2016.03.26 | コラム

本当に剃らなきゃダメ?手術前に毛を剃る本当の理由

手術と手術創感染と剃毛の関係性についての解説

本当に剃らなきゃダメ?手術前に毛を剃る本当の理由の写真

手術を受けるにあたって、様々な術前処置が必要です。手術部位の毛を剃ることもそのうちの一つですが、どんな理由で行われているのでしょうか?そもそも本当に必要なのでしょうか?術前剃毛の必要性と本当の理由について解説します。

◆剃毛は本当にするべき?

手術をする部位に毛が生えている場合、術前処置として剃毛(ていもう)をする場合があります。剃毛とは文字通り毛を剃ることを意味し、患者自身で剃る場合もあれば、状況により看護師が剃る場合もあります。しかし、いくら治療上必要とはいえ他人に毛を剃られるなんて恥ずかしいし、抵抗があると感じる方も少なくないと思います。この、患者にとって負担になる剃毛、本当にするべきなのでしょうか?

実は、手術部位の剃毛は、手術部位感染の観点から本来するべきではないと言われています。どのような理由からすべきではないと言えるのでしょうか?

 

◆手術部位感染(SSI)のはなし

まずは手術部位感染について解説します。

手術では、開いた傷口から細菌が入って細菌感染が起こる可能性があります。これを手術部位感染(surgical site infection:以下SSI)と言います。SSIは手術創(傷口)の表面的な感染だけでなく、腹腔内や臓器の感染も含まれます。SSIが発生すると治療が必要となるため入院期間が延長し、その分医療費も増大し、患者のQOL(Quality of Life:生活の質)を低下させる原因ともなります。これらの理由から、手術においてSSI防止対策は非常に重要なポイントとなります。

SSIの観点から剃毛をすべきでないと前述しましたが、SSIと剃毛の必要性の関係について「傷口の皮膚に毛が生えていると、その毛に付いた細菌が傷口に入るから毛を剃る必要があるのでは?」と考えた方も多いかと思います。しかし、実際には違う解釈がなされています。

 

◆剃毛しなくてもSSI発生率は上がらない

2013年に日本手術医学会から発表された「手術医療の実践ガイドライン(改訂版)」によると、「手術部位や周辺の体毛について、手術の支障にならない限り、除毛は行わないのが原則である。」と提言されています。これは、剃毛ありと剃毛なしのSSI発生率を比較すると、剃毛しない方がSSI発生率が低いというデータをもとにされています。つまりこのデータは「毛があっても術前の消毒効果は下がらない」ということを意味しています。では、毛があってもSSI発生率が上がらないのであれば、なぜ毛を剃る必要があるのでしょうか?

 

◆剃毛する本当の理由

それは、「手術の支障になるから」です。では、手術の支障になるとはどのような状態を言うのでしょうか?

メスで皮膚を切る時、その場所にもじゃもじゃと毛が生えている状態を想像してみて下さい。まず、毛が邪魔して皮膚がきれいに切れません。一緒に毛を切ってしまったり、切開が均一でなくなる可能性があります。

きれいな切開は、傷口をよりきれいに癒合(傷がくっつくこと)させることに繋がりますが、毛が邪魔になっているとそれを妨げる可能性があります。また手術の最後に皮膚を縫合する時も、縫合部位に毛がもじゃもじゃと生えていたら視野が悪く、スムーズな縫合の支障となります。

このように、手術のスムーズな進行や最良な結果を目指した時、毛が支障をきたす場合があるため、それを排除する必要があるのです

 

◆剃毛のタイミングはいつが良い?

ではその剃毛ですが、どのようなタイミングで行われるのが良いのでしょうか?実は、剃毛のタイミングでSSI発生率が異なります。

術前剃毛時間によるSSIの発生率の違い

術直前 3.1%
術前24時間以内 7.1%
術前24時間以上 20%

(「手術医療の実践ガイドライン(改訂版)」をもとに作成)

このように、できるだけ手術の直前に剃毛を行った方がSSI発生率は低いという結果が出ています。この事からわかるように、できるだけ直前に剃毛が行われるのが望ましいのです。

「だったら手術室の中で麻酔が効いて意識無い状態で剃ってくれた方が、SSIも少ないし恥ずかしくないのに!」と思う方もいるかもしれません。しかし、身体の負担を考えると麻酔時間はできるだけ短い方が良い為、手術室での剃毛は行われるべきではありません。また、手術室内は清潔区域として管理されており、剃った毛によって清潔区域内が汚染される可能性があるため、手術室内で行うべきではありません。手術室入室のできるだけ直前に、病棟で剃毛を済ませることが推奨されます。

 

◆剃毛の方法はなにが良い?

一言で剃毛と言っても様々な方法がありますが、実はこの方法の違いによってもSSIの発生率は変わってきます。

除毛方法別SSI発生率の違い

剃毛なし 0.9%
電気クリッパー剃毛 1.4%
バリカン剃毛 1.7%
カミソリ剃毛 2.5%

(「手術医療の実践ガイドライン(改訂版)」をもとに作成)

このように、カミソリでの剃毛はSSI発生率をあげることがわかります。なぜこのような結果が生じたのでしょうか?カミソリを使って剃毛をすると必ず皮膚に小さな傷ができ、この傷が細菌増殖の温床となるため、SSI発生率が上がると考えられています。剃毛以外にも、毛を抜いたり除毛剤を使うという方法もありますが、毛を抜くこともカミソリ同様皮膚に傷をつけることになります。また、除毛剤は過敏症を引き起こす可能性があるため、推奨されません。以上のことから、電気クリッパーの使用が推奨されます。

 

◆まとめ

これまでの解説をまとめると、「剃毛は手術に支障にならない限りすべきでない。」「剃毛する場合は電気クリッパーを用い、できるだけ手術室入室の直前に行われることが望ましい。」ということが言えます。

近年SSI防止の観点からメジャーになったこれらの考え方ですが、実際にはまだ必要範囲以上の剃毛が行われている場合も多くあります。患者のQOL向上の視点からも、良質の医療を提供するという視点からも、適切な剃毛もしくは無剃毛が遂行されることが常識となることを願ってやみません。

執筆者

名原 史織

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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