2015.06.01 | コラム

放射線。絶対安全?そうでもない?

プロとしての医師が取るべき態度

放射線。絶対安全?そうでもない? の写真

福島県の原発事故以来、放射線に対する世間の過敏性が高まっているのを感じます。「レントゲンやCTは撮っちゃダメ!」と、あらゆる放射線検査を否定しようとする方。その一方で、「こんなに安全性が証明されているのに、『放射線=悪』と断定するのは科学的じゃないし、全くの考え無しだ!」と、そんな人たちを全否定するような方。

どちらも、やや偏っている物の見方かもしれません

今回は、一人の医師の目を通して見た、なるべくフェアなつもりの意見をご紹介します。

 

◆ 放射線のリスク

まず、放射線は「絶対安全」ではありません。被曝量が増えると、癌の発生率が上昇するというリスクがあります。これがスタート地点です。

その上で、放射線にはメリットもあります。レントゲンやCT検査のおかげで病気が早期発見されて、余命が5年伸びたとしたら、仮にその際に受けた放射線のために余命が1ヶ月短くなったとしても、それはプラスだと言えるのではないでしょうか。世の中のものごとは、マイナス面とプラス面を合わせて考えなければいけません。そして、数回のレントゲンやCT検査で余命が明確に短くなるという有力な研究結果は、現時点では報告されていません。

安全のためにあらゆる放射線を避けようとするくらいであれば、交通事故で毎年何千人もの死亡者をもたらしている自動車に乗らないようにした方が、かえって効率的かもしれません。しかし皆がそれをしないのは、車が便利だからです。

放射線も同じです。多くの場面では、放射線を過度に気にしすぎない方が、メリットは大きいと考えられます。

 

◆ 身近にある放射線

富士山の頂上では、平地の2倍の放射線が天から降りそそいでいます。だからといって、登山中にそれを気にする人はいません。また湧き水はラドンを含み、水道水よりも多くの放射線を発していると言われますが、湧き水はむしろ健康に良いような気さえしてしまいます。

我々は、普段から放射線を受けて生きているのです。しかし、それを気にするメリットがあまりに小さいので、放射線のために我々が行動を変えるというのは、割に合わない場面が多いということです。

 

◆ 放射線の「安全神話」は正しいか

さて、ここまでは、放射線をあまり怖がる必要はないという話でした

しかし、そのような主張をする人たちの中には、逆に過激な主張を押し付けようとしている人が、一部いるように思えてしまいます。また同様に、「安全なことが科学的に判明しているのに、あらゆる放射線を避けようとするのはバカだ」と、怖がる人を中傷するような声まで聞こえてくることがあります。

「何ミリシーベルト以下だから安全だと証明されている」という主張は、一見、理にかなっているようですが、科学とは、そんなに絶対的に信頼できるものなのでしょうか。

ライト兄弟が飛行機を作り出す前、「人間が空を飛べることはない」ということを、理論的に「証明」した物理学者がいました(彼の説は、当然まちがっていました)。またガリレオが地動説を唱える前まで、天動説は「科学的」な根拠にも裏付けられていました。数学の厳密な証明とは違い、一般科学に、絶対はないのです。

放射線に対して人々が感じる恐怖は、まさにこの点にあるのではないでしょうか

「今の科学や医学では大丈夫と言われているけれど、今後どんな新発見があって、その『大丈夫』がくつがえるか分からない。だから放射線は怖い。」

そういった心理まで含めて、非科学的だと断定することなど誰にもできません。絶対安全という保証がないことに恐怖を感じるのは、極めて人間らしい反応であり、また、正当なものでもあると感じます。

 

◆ 無理やり白黒つけないのも正しい見方

現時点で放射線について言えることは、

  • 平均から外れた生活を送らない限り、放射線を極端に避けて生活するメリットが大きいとは言えない
  • しかし、安全性が証明されているから絶対大丈夫、と言い切ることも、また難しい

ということだと思います。

「安全なのか、危険なのか、はっきりしろ!」という声が聞こえてきそうです。

しかし、グレーなものを「これはグレーです」と正しく主張することこそ、専門家の取るべき態度だと思うのです。相手をやり込めたい気持ちから、グレーを黒だと言ってしまったり、世論に押されてグレーを白だと言ってしまうのは、医学のプロとして意識が足りないと言わざるを得ません。

人のうわさやワイドショーだけを気にして科学的な分析をしない(そのような報告を読もうとしない)のも良くないですし、過大に評価した安全神話を押し付けようとするのもまた同様に、教養の高い行為とは言えません。誠実であろうとすればするほど、「これくらいのメリットと、これくらいのデメリットがあります」という、現状を提示することしか我々にはできないのです。

 

多くの医師は、レントゲンやCTはメリットの方が大きい(が、デメリットもある)と言うでしょう。

難しいことではありますが、他者の意見を鵜呑みにせず、また全否定もせず、新しい意見に触れるたびに少しずつ自身の考えを微調整していく。そうすることでのみ、少しずつ正しい判断に近づいて行けるのではないかと思っています。

執筆者

沖山 翔

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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