1. タバコをやめられないのはなぜ?
手持ちのタバコをすべて処分し家族や友人にも禁煙宣言をしたのに、飲み会でつい一本吸ってしまったことをきっかけに、またタバコを吸い始めてしまった・・・などという苦い経験はよく聞くものです。禁煙を阻む要因としては色々なものが考えられます。なかには自分の意志だけで禁煙ができた人は一割にも満たないという報告もあるくらいで、決して容易ではありません。
一見、意志が強そうな人でも、なかなかタバコをやめられないことはよくあります。もしかしたら「ニコチン依存」の状態になっているからかもしれません。
ニコチン依存とはどんな状態なのか
タバコを吸うと、ニコチンは血液に溶け込んで素早く脳まで届きます。ニコチンが脳のニコチン受容体に作用すると、ドパミンなどの脳内神経伝達物質が分泌されます。喫煙者が「タバコを吸うとリラックスする」と感じるのは、多くの場合この脳内神経伝達物質が関連しています。
しかし、そのまま喫煙を続けると徐々に脳の状態は変化していきます。ニコチンの作用を受け続けることで、脳は次第に、ニコチンなしでは意欲や感情などのレベルを以前と同じレベルに維持できない状態になっていきます。つまり、ニコチンなしでは落ち着かない身体になってしまうのです。これがニコチン依存と呼ばれる状況です。
また、ニコチンは吸収が速いうえに、体内からの消失も速い性質があるため、「タバコを吸うとすぐに落ち着く」一方で、人によっては30分もしないうちにニコチン切れの症状が生じて「タバコを吸わないとイライラする」と感じます。これがニコチン依存の離脱症状(身体的依存)であり、タバコがやめられない大きな理由の一つです。
さらにタバコは、タバコを吸った時の良い経験の積み重ねによって、ないと口寂しさを感じるような「心理的依存」も生じやすいといわれています。そのため、いつも吸っていたお酒の席や、他人が吸っている姿、ストレスがかかる場面などに遭遇すると、習慣的に吸いたい欲求が強くなり、禁煙にチャレンジしていても再び喫煙し始めてしまう人が多いのです。
このように、禁煙は身体的な依存と心理的な依存のために容易ではありませんが、ニコチン依存に対しては、治療するための「禁煙補助薬」があります。
2. そもそも、禁煙補助薬ってなに?
現在、発売されている禁煙補助薬は主に以下の2種類があります。
- 「ニコチンを含まない飲み薬」
- 「ニコチンを含む貼り薬やガム」
両方とも、禁煙に取り組む際に生じる離脱症状や吸いたい気持ちを和らげ、禁煙をサポートする薬です。これらは禁煙外来などでお医者さんに処方されるものと、処方箋がなくても薬局やドラッグストアなどで購入できるものとが含まれます。
それぞれの薬はどのように特徴が異なるのか、詳しく説明していきます。
3. 「ニコチンを含まない飲み薬」とは?
「チャンピックス®」という薬の名前を聞いたことがあるかもしれません。この薬が禁煙補助薬で唯一の飲み薬であり、ニコチンを含まない「ニコチン受容体作用薬」に分類されています。
「チャンピックス®」の主成分であるバレニクリンは、脳の大脳皮質にあるα4β2ニコチン受容体に作用する薬で、主に2つの作用をもっています。1つ目は、少量のドパミンを放出させる働きです。この作用によって、ニコチンがなくてもドパミンが少しずつ補充され、禁煙治療中のイライラなどの離脱症状を和らげてくれます。
2つ目の作用は、ニコチンを摂った際にニコチンの作用を抑制する働きです。簡単にいうと、喫煙をした時の満足感を減らして、禁煙中につい吸ってしまったとしてもタバコをおいしく感じにくくする効果があるのです。
これらがニコチン受容体作動薬の主な作用です。
このように禁煙をサポートしてくれるチャンピックス®ですが、一方で注意すべき副作用もあります。代表的なものとして、吐き気や頭痛、眠気や抑うつ気分などがあり、このような症状を軽減させるために、吐き気止めや痛み止めが同時に処方されることも少なくありません。そのため、服用を始めていつもとは異なるような体調の変化があった人は、早めに処方医に相談してください。また、めまいや急な眠気を感じることもあるので、服用期間中の車の運転や機械の操作などは避けてください。
「チャンピックス®」は、毎日服用する飲み薬で、通常、少量から段階的に飲む量を維持量まで増やしていき、計12週の期間で禁煙を目指します。飲み始めるには、お医者さんの診断と処方箋が必要な薬です。
禁煙の相談は多くの診療科でできますが、禁煙にチャレンジする人をサポートしてくれる禁煙外来を設けている病院やクリニックも増えています。さらに最近は、禁煙外来にオンライン診療などを導入しているお医者さんも増えており、一人ひとりの生活にあった診察スタイルで無理なく受診を継続できる方法もあります。オンライン診療に興味がある人は、こちらのサイトを参考にしてください。
4. ニコチン依存に「ニコチンを含む貼り薬やガム」で治療?
ニコチンを含まない薬の他に、ニコチンを含む薬を使ってニコチン依存症を直す「ニコチン置換療法」があります。ニコチン依存を治療するのに、なぜニコチンを使うのか?と疑問を感じるかもしれません。
実はニコチン置換療法とは、禁煙を始めた時に現れるニコチン離脱症状(イライラ・落ち着かないなど)に対して、タバコに代わってニコチンのみを体内に吸収させることにより、その不快な症状を軽減させながら、摂取するニコチンの量を段階的に少なくすることで禁煙に導く方法です。
ニコチンを含む薬には、貼り薬とガムの2種類の製剤があります。
貼り薬で行うニコチン置換療法
ニコチンを含む貼り薬として「ニコチネル®️TTS®️」「ニコチネル®パッチ」「シガノン®CQ」があります。「ニコチネル®️TTS®️」は禁煙外来などを受診してお医者さんに処方してもらうタイプの薬ですが、「ニコチネル®パッチ」と「シガノン®CQ」は薬局やドラッグストアなどで購入することができます。
貼り薬に含まれるニコチン分子が、徐々に皮膚に放出され、皮膚表面に近い毛細血管から体内に吸収されていくことで、禁煙治療時のニコチン離脱症状を軽減していきます。
使い方は「チャンピックス®」とは逆で、ニコチンの量が多い(高用量)薬から使用開始し段階的に少ない量(低用量)の薬に切り替え、一般的には治療開始から約2ヶ月で禁煙を目指します。
ただし、処方薬(医療用医薬品)と市販薬(一般用医薬)では、一般的に最初に使う貼り薬に含まれるニコチンの量や使用方法が異なるため、処方医や薬剤師の説明をよく聞いて使うようにしてください。
貼り薬の使用時に注意が必要なこととして、皮膚の症状があげられます。使用期間や体質などによって、痒みや皮膚の炎症があらわれることもあります。そのような皮膚症状が現れた時は、悪化する前に早めに処方医や薬剤師などに相談してください。
また、以下の人には特に注意が必要です。
注意が必要な人 | 注意事項 |
インスリンによる糖尿病の治療を受けている人 | 禁煙によりインスリンの皮膚吸収が増加することがある。禁煙後の体調変化に注意をするだけでなく、場合によってはインスリンの用量調節が必要になる |
狭心症や不整脈などの持病がある人 | ニコチンによって血圧の変化などの循環器症状が引き起こされることがあり、場合によっては使用を控える必要がある |
妊婦や授乳婦 | ニコチンによる催奇形性(胎児に奇形が起きる危険性)や乳汁への移行性などの理由から、使用を控える必要がある |
これらに当てはまる人は、使用する前に処方医や薬剤師などに必ず伝えるようにしてください。
ガムで行うニコチン置換療法
禁煙治療のニコチン置換療法には、貼り薬の他にガムもあります。
現在(2019年1月)は「ニコレット®」と「ニコチネル®」が発売されていて、いずれも薬局やドラッグストアなどで購入が可能な市販薬(一般用医薬品)です。
製剤によってはミント味やマンゴー味、フルーツミント味などのさまざまなフレーバーがあり、噛みごごちも異なります。
ガムタイプは吸いたい気持ちになった時に1回1個を30分から1時間かけて使用するのが特徴です。初めにガムを噛み、その後、ガムを歯茎と頬の間に置くことで、徐々に口の中の粘膜からニコチンが吸収される仕組みになっています。
主な副作用として、吐き気や頭痛、動悸などがあげられるので、使用後にこのような症状があらわれた場合は、使用を中止して早めに医師や薬剤師などに相談をしてください。
また、ニコチネル®パッチなどと同様の理由で、インスリンによる糖尿病の治療を受けている人は、禁煙によりインスリンの皮膚吸収が増加することがあるので、禁煙後の体調変化に注意をするだけでなく、場合によってはインスリンの用量調節が必要になることも考えられます。一部の心臓病や不整脈の人、妊娠中や授乳中の人などは使用が禁止されているので注意が必要です。
ニコチンを含むガムの使用は、ニコチネル®パッチでかぶれてしまった人や、医療機関を受診できない人にとっては禁煙補助薬の選択肢の一つといえます。
なお、禁煙を始める際の注意点として、禁煙補助薬の服用の有無や種類に関わらず、禁煙により生じる生理的な変化のために、服用中の薬(テオフィリン、ワルファリン、インスリンなど)の効き方が変化し用量の調節が必要になることがあります。そのため、禁煙をする際はお医者さんに伝えるようにしてください。
5. まとめ
喫煙によって肺がん、脳卒中、心臓発作などのさまざまなリスクが高まることがすでに証明されており、2018年に世界保健機関(WHO)は喫煙に関連する死者が世界で年間700万人以上にのぼると発表しました。しかし一方で、身体に悪いと頭では分かっていても気持ちだけではやめられない、むしろ禁煙に失敗するのが当たり前ともいえるのがタバコの特徴ともいえます。
最近ではニコチン依存症を専門的に治療している禁煙外来や、禁煙を継続するためにサポートをしてくれる薬局なども増えており、禁煙補助薬を用いた治療に加えて生活習慣の面からもアドバイスがもらえます。
やめられないのは意志の弱さのせいと考えるのではなく、やめようと思い立ったその気持ちを大切に、周りのサポートを得ながら禁煙にチャレンジしてもらえたら幸いです。
執筆者
※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。