4年制大学で理系の場合には「学士」の学位を取得して卒業した後は就職するか、「修士(マスター)」や「博士(ドクター)」の学位を取得するために大学院へ進学するのが一般的です。
一方でお医者さんの場合には6年間医学部に通い「学士」の学位を取得した後は、ほとんどの人が研修医として働きます。大学院に進学する場合には、大卒後3-10年ほど医師として経験を積んでから入学することが一般的です。大学院には4年間在籍して卒業論文を書くことなどにより、「修士」を飛ばして「博士(医学博士)」の学位を取得できます。
変わったシステムなので、身近にお医者さんがいないと理解しにくいものと思います。そこで今回のコラムでは「大学院生のお医者さん」とはどのようなものかを解説していきます。
1. 大学院生と研修医はどちらが上級医か?
「研修医」とは大学卒業後2-3年間、お医者さんとしての基本スキルを身に着ける期間です。研修中ではありますが、医師免許を持ったお医者さんです。研修医がどのような立場でどのような仕事をしているかは、こちらのコラム「研修医はどんなことをしている?」も参考にしてください。
では「大学院生」と「研修医」ではどちらが頼もしい立場でしょうか。大学院生は学生なので責任のある仕事を任されないと思うかもしれませんが、実際はそうではありません。
冒頭で説明した通り、大学院へ進学する場合には大卒後3-10年ほどして入学することが一般的です。そのため、研修医を修了してさらに数年以上の経験を積んでいることが多く、大学院生は研修医を指導できる立場です。年齢で言うと、30-35歳くらいが大学院生のボリュームゾーンとなります。
このように大学院生は確かに若手が多いですが、それなりに経験を積んでおり一人で十分に診療を進めていく能力を持っています。もし担当のお医者さんが大学院生でも、「学生だから心配」というのは杞憂と言えます。
2. 医学博士と専門医、どちらを参考にお医者さんを選ぶ?
「医学博士」と聞くと、優秀なお医者さんだと感じるかもしれません。また、専門医の資格を持っているかどうかと合わせて、お医者さん選びの参考にする人もいるかもしれません。ところが患者さんにとって良いお医者さんかどうかと、医学博士かどうかはあまり関係ないかもしれません。
〜医学博士〜
医学博士は通常、大学院に4年間在籍して何らかの研究を行って卒業論文を書き取得する資格です。そのため、ある特定の分野についてとても詳しくなります。しかし、研究内容が直接的に患者さんの治療を変えるようなことはまれで、その病気を専門としているからといってから特別な治療法や薬が使えるというわけではありません。
〜専門医〜
専門医の資格は、学会に所属しながら通常の診療を行う過程で得られます。専門医の認定基準は学会により異なるものの、レポートを提出したり試験を受けることで認定されます。ここで求められる技能や知識の多くは、実際に患者さんの診断・治療に関連するものです。専門分野での経験年数にも認定基準があるため、最短で大卒後7, 8年目くらいで専門医資格を取得できる学会が多いです。
このように、医学博士は大学が、専門医資格は各学会が認定するもので、全くの別物です。どちらが「エラい」かというのも比べようがありませんし、医学博士かつ専門医というお医者さんも多くいます。
これらの資格をお医者さん選びに使うことにどれくらい意味があるかは難しいところですが、もし参考にするのであれば専門医資格を持ったお医者さんを選ぶことをお勧めします。
専門医だから名医だとも、専門医ではないからスキルが低いとも言えません。しかし、専門医資格は実際にその専門分野の患者さんを診療することで得られる資格であり、多くは5年ごとの更新制となっています。そのため、医学博士かどうかよりも専門医かどうかのほうが、実際の診療スキルに直結しやすい指標と言えます。
3. 大学院生の業務内容は?
お医者さんの大学院生期間は4年間であり、その間の本業は医学研究となります。研究の種類としては、培養した細胞や実験用動物(マウスなど)を用いる「基礎研究」、あるいは患者さんのデータを集めて解析する「臨床研究」などがあります。これらの結果を卒業論文として発表し、医学博士の学位を授与されるわけです。
大学院生は忙しい?
しかし、4年間まるまる研究だけに没頭できることは通常ありません。大学院生は患者さんの診療にも従事するからです。大学病院の医療体制は働く大学院生のおかげで成り立っている面もあります。このように研究と診療を両方行っているため、大学院生は忙しいことも多いです。一方で、患者さんを診る業務が少ない医局・研究室では比較的ゆとりのある大学院生活を送っているお医者さんも多くいます。
大学院生はお金に困っている?〜無給医問題〜
上に説明した通り、大学院生は本業の研究以外に診療業務も行っています。そして従来、これら診療業務に対する待遇は無給あるいは非常に安い手当てのみでした。むしろ大学院生としての学費を払うので、働いても大学での収支はマイナスになることさえありました。
しかし、医学部を卒業して3-10年ほどになる一人前のお医者さんを「学業のうち」という名目で診療業務にあてるのは問題だという意見も増えてきました。ここ5年ほどで「無給医」問題がクローズアップされるにつれ、次第に働く大学院生に対する手当ては改善する傾向にあります。
それでも一般的なお医者さんの給料と比べればかなり低いため、多くの大学院生は大学病院以外の医療機関でアルバイト収入を得て生活しています。
4. お医者さんはなぜ大学院に行くのか?
大学以外の医療機関で働き続けるのと比較すると、大学院生は収入の面で劣ることが多いです。そして、大学に所属するお医者さんが減ってきている最近では、博士の学位を取得するのは全体の半分ほどに減っているという説もあります。それでも、大学院に進学するお医者さんが多くいるのには、以下のようなモチベーションがあるからです。
【お医者さんが大学院に行く理由】
- 病気の原因究明や、治療法の開発につながる基礎研究をしたいから
- 質の高い臨床研究をして、医学の発展に貢献したいから
- 博士の学位を取得して箔をつけたいから
- 所属医局で入学するよう勧められたから など
このように様々な理由があります。「箔をつけたいから」や、「勧められたから」というパッとしない動機のこともありますが、それでも給与面で大幅にダウンする大学院に進学するお医者さんは多いものです。背景を考えると、大学院生のお医者さんはキャリアアップや社会貢献を重視する意識が高い人たちである、とも言えそうです。
大学院に行かなくても医学博士になれる?
ちなみに大学院に4年間通わないでも医学博士になれる手段があります。それはいわゆる「論文博士」として学位を取得する方法です。大学院に入学しないで仕事を続けたまま論文を書いて、審査を通過することで学位を取得できます。この方法で医学博士となるお医者さんも少ないながらいます。
お医者さんではない医学博士もいる?
実は医学部医学科を卒業して医師免許を持っているお医者さんでなくても、医学博士になることは可能です。例えば工学部や経済学部、文学部などの4年制の他学部を卒業した人でも、大学院の医学系研究科(博士課程)に4年間在籍したうえで学位審査を通過すれば医学博士になれます。また、論文博士として医学博士になることもできます。
ただし、医学部医学科や薬学部薬学科などの6年制学科で学位を取得した人では修士課程を飛ばして博士過程に進めるものの、4年制学科を卒業した人は修士の学位を取得してからでないと博士課程には進めません。また当然ながら、医学博士は医師免許と異なる資格なので、医学博士というだけで医療行為を行うことはできません。
5. 最後に
ここまでお医者さんの大学院生とはどのようなものなのかを説明してきました。これまで何となく見聞きしてきた「医学博士」の肩書きに対する理解が深まり、興味をもってもらえれば幸いです。
執筆者
※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。