2019.05.07 | コラム

抗菌薬を飲み切らないと何が起こるのか?

感染症内科医・Dr.伊東が伝えたいこと

抗菌薬を飲み切らないと何が起こるのか?の写真

皆さんは、今まで病院やクリニックで抗菌薬を処方された経験はありますか?その際、用法用量通りに決められた期間きちんと飲み切ることができましたか?ほとんどの人が抗菌薬を飲んだことがあっても、きちんと飲みきれたか自信をもって"イエス"と答えられる人は案外少ないかもしれません。

実際に、日本国民を対象とした調査では[1]、参加者のうち約半数が過去1年以内に抗菌薬を使用しており、残念ながら参加者の4人に1人が自己判断で抗菌薬を中止したり調節していました。「私だけではないのね。あー良かった。みんなそうよね・・・。」と安心してもらっては困ります。なぜでしょうか。これは、

 

  • 感染症治療の失敗
  • 薬剤耐性菌の出現

 

を防ぐためです[2]。そのため、処方された抗菌薬を自己判断で中止したり、減量したりすることは避けなければなりません。本人の治療が上手くいかないだけでなく、なんと、皆さんの身体の中で新たに薬剤耐性菌が出現し、"他の人"に広がってしまうことがあるのです。

今回は、感染症内科医として皆さんに「抗菌薬を飲み切ることがいかに大切なのか」を簡単に解説いたします。

 

1. 抗菌薬は使いどころが大事

過去のメドレーコラムでも解説されていますが、そもそも抗菌薬は細菌のみにしか効果はありません。例えば、風邪の原因のほとんどはウイルスによる感染で、ウイルスに対して効果のない抗菌薬を服用することに意味はありません。しかしながら、風邪に対して抗菌薬が処方されてしまうケースがしばしばあります。これは、皆さんに問題があることはほとんどないのですが、実際に国内のアンケート調査では、参加者の45.5%が風邪に対して抗菌薬が処方された経験があると回答しています[1]。

そういった背景から、抗菌薬を処方された時には「本当に必要なのか」という視点で医療を自分ごととして捉えることが大切になってきます。(感染症の治療薬が手軽にチェックできるこちらのサイトも参考にしてみてください。)医師から抗菌薬が必要であるというきちんとした説明があればしっかりと内服すべきです。しかし、もし説明が不十分であったり、不明な点があれば、遠慮なく担当の医師に質問して欲しいと思います。

 

2. 抗菌薬の自己中断は感染症治療の失敗を招く

抗菌薬を「指示があった用法用量」で「きめられた期間」にしっかり飲むことは、治療がうまくいくかどうかにおいてとても重要です[3]。患者さんが積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って治療を受けることをアドヒアランスといます。抗菌薬治療に対するアドヒアランスが悪く、途中で薬を勝手に中止したりして短期間の治療になってしまうと、治療失敗再燃(おさまっていた病気が再び悪化すること)薬剤耐性菌の出現追加治療入院につながります[4]。抗菌薬治療でのアドヒアランスを遵守した人の割合は、日本の研究では約24%、ポルトガルの研究では約45%と報告されています[1,5]。これらの数字から患者さんのアドヒアランスが決して高くないことがわかります。

アドヒアランスが悪くなる因子としては、抗菌薬の値段が高いこと治療期間が長いこと内服が難しいことが知られています[5]。これらは医師として反省しなければならない点で、筆者自身もコストのことを意識せずに抗菌薬を処方してしまったり(高価なものもあります)、薬の実物をみることなしに処方していたことがありました(錠剤が大きく飲みにくいものもあります)。一方、アドヒアランスを向上させる因子として、医師の説明に対する満足感があります。当たり前の話ですが、医師は患者さんに対して十分な説明をするべきですし、患者さんはわからないことは何でも医師に質問して欲しいと思います。

 

3. 抗菌薬の自己中断は薬剤耐性菌の出現リスクがある

抗菌薬を自己判断で中止したり、不十分な飲み方をすることで、抗菌薬が効かない薬剤耐性菌が出現するリスクが危惧されています[4,6]。残念ながら、薬剤耐性菌の増加に反比例して、新規の抗菌薬開発は減少しています[7]。2013年の薬剤耐性菌による世界の死亡者数は低く見積もって70万人とされていますが、何も対策を講じない場合、2050年には1000万人の死亡が想定され、がんによる死亡者数を超えるとした報告があります[8]。

 

皆さんには、ぜひ抗菌薬を適切に飲んでいただき、まずは病気をしっかり治療してください。そして、今ある抗菌薬の効果を温存し、将来にわたって長く使えるようにしていただければと思います。

 

参考文献

1. 厚生労働科学研究費補助金平成28年度分担研究 医療機関等における薬剤耐性菌の感染制御に関する研究 「国民の薬剤耐性に関する意識についての研究」

2. Goossens H, Ferech M, Vander Stichele R, Elseviers M. Outpatient antibiotic use in Europe and association with resistance: a cross-national database study. Lancet 2005;365:579–87.

3. Kardas P. Patient compliance with antibiotic treatment for respiratory tract infections. J Antimicrob Chemother. 2002;49:897–903.

4. Pechere JC, et al. Non-compliance with antibiotic therapy for acute community infections: a global survey. Int J Antimicrob Agents. 2007;29:245–53.

5. Fernandes M, Andreia L, Basto M, et al. Non-adherence to antibiotic therapy inpatients visiting community pharmacies. Int J Clin Pharm 2014;36:86–91.

6. Llewelyn MJ, et al. The antibiotic course has had its day. BMJ. 2017 Jul 26;358:j3418.

7. 舘田一博:抗菌薬開発停滞の打破へ向けて 日本内科学会雑誌 第102巻 2908-2914; 2013.

8. Antimicrobial Resistance: Tackling a crisis for the health and wealth of nations The Review on Antimicrobial Resistance Chaired by Jim O’Neill December 2014.

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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