◆「術野を見やすくする」とはどういうこと?
「術野を見やすくする」ということは、すなわち「手術をしやすくする」ということです。
例えば胃切除の手術をする時、皮膚、皮下組織、筋肉、腹膜などを順に切って腹腔内(胃や腸などの臓器があるお腹の中の空間)をあらわにし、周りの臓器(小腸、大腸など)を避けて胃が見える状態にし、そこから胃の周囲の組織を切り離して、胃を切除していきます。
この一連の流れの大半の手技が腹腔内で行われるために、基本的に腹腔内がよく見えるようにしておく必要があります。よく見えるようになることで、手術操作がよりスマートで安全に行えるようになります。
先に挙げた皮膚~腹膜などの組織たちは弾力性に富んでいて、腹腔内が良く見えるように広げても、その位置で広がったままでいるはずがなく、元の状態(開いた傷が閉じた形状)に戻ろうとします。この戻ろうとするのを阻止するために、様々な器械が使用されます。
その他全身どの部位の手術においても、基本的には何かしらの組織を避けて目標部位に達するため、邪魔になるものを避ける道具が必要になります。代表的なものとして、”開創器”や”筋鉤”などがあります。それぞれについて解説します。
◆開創器
開創器とは、名前の通り創部(傷口)を左右(または上下)に広げる為に、鉤(こう)が2つ以上ついた器械のことを指します。人の手で表すと、”両手で広げる”というイメージになります。
開創器の解説をするにあたって、”鉤”という言葉について先ず解説しておきます。手術器械としての”鉤”は、直角や湾曲状に曲がっていて、その曲がりの先端で組織を引っ掛けて引っ張る器械のことを指します。形状も大きさも用途も様々ですが、これらのような器械を総称して”鉤”と呼ばれています。傷を広げるに当たっては、鉤の機能が必要不可欠なのです。
- 開腹鉤(かいふくこう):主に腹部の手術時に使用されることが多い。種類によっては、鞍状鉤(あんじょうこう:乗馬の際に馬の背中に載せる、鞍のような形をした鉤)が取り付けられるようになっており、左右だけでなく、同時に上や下からも広げられる機能を持ちあわせたものもある。
- 開胸器(かいきょうき):主に胸部の手術時に使用されることが多い。心臓の手術時には胸骨(胸の中央にある骨)を縦に切って(術式により縦とは限らない)開胸器で広げて心臓を観察する。また、肺の手術時には、肋骨と肋骨の間を開胸器で広げて肺を観察する。骨を点ではなく面でしっかり広げられるよう、広くてしっかりした鉤になっている。
その他にも、数センチの傷を広げる為の、鉤の幅が小さな開創器があったり、傷は小さめでも深い部分に適応するような鉤が長い開創器があったりと、種類も用途も様々あります。
◆開創鉤
開創器とは異なり、人の手で表すと、”両手で広げる”というよりも”片手で引っ掛けて引っ張る”というイメージの器械です。あまり開創鉤とは呼ばれず、ほとんどが個々の名称で呼ばれます。使用目的や部位に合わせて、以下のような種類があります。
- 偏平鉤(へんぺいこう):筋鉤と呼ばれることが多く、先端が偏平な形状の鉤。筋肉に限らず様々な部位に使用される。目的部位の深さに合わせて、小さいもので約1cmから、深いもので約10cmほどの長さがある。
- 二爪鉤(にそうこう):ピースをして指を曲げたような形状で、爪が2つあることからこの名前が付いている。主に皮膚及び皮下組織の牽引に用いられる。先が鋭いものやそうでないもの、また、大きさも大小ある。
- 単鉤(たんこう):二爪鉤の、爪が一本のもの。先が鋭く小さいものは、単鋭鉤(たんえいこう)や皮膚フックと呼ばれ、皮膚を引っ張るのに使用されることが多い。
- 腸ベラ(ちょうべら):柔軟性のある、細長い金属の板。アイスの棒を大きくしたような形。長さは約30cmで、幅は3cm、4cm、5cmなどがある。柔軟ベラや自在鉤など、様々な呼び方がある。ある程度自由な形に曲げられるため、様々な用途で用いられる。
他にも、様々な種類の開創鉤があり、用途によって使い分けられています。
これら開創器や開創鉤は、メスやはさみなどに比べるとメジャーな存在ではないかもしれませんが、縁の下の力持ちとして、安全でスムーズな手術を支えています。
執筆者
※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。