確かに、ワセリンは皮膚を保護する作用に優れたとても素晴らしい外用剤なのですが、ワセリンにはいわゆる肌の潤いにあたる「保湿成分」は含まれていないことをご存じでしょうか? このことを説明すると、「え、本当?」という反応も多いです。
そこで今回は、保湿剤には大きく分けて2種類あることを解説します。
と、その前に。
2種類を上手に使い分けるには、皮膚の構造から理解する必要があります。
まずは、そこからお話ししていきましょう。
1. 皮膚の構造~角層・皮脂膜・保湿成分~
皮膚は人間の体の「外側と内側」を隔てる防御壁の役割をしています。お城で言えば、外敵の侵入を妨げるお堀のような大事な存在です。
詳しく言うと、防御壁にあたるのは 皮膚の構造で最も表面にある「角層」です。そして角層は、爪と同じような構造をしています。
でも、爪ってとても強い組織で皮膚と同じとは思えませんよね。実は角層は爪よりも ずっと薄くて0.02mmしかないので、強い組織でありながらしなやかなのです。
角層を顕微鏡で観察すると、ブロック塀のような構造をしています。そして、そのブロック塀の間は、「保湿成分」で満たされています。そしてさらに皮膚の外側は「皮脂膜」で覆われています。
図にするとこんな感じです(下図)。
一番外の皮脂膜には、角層を守り皮膚表面からの水分蒸発を防ぐ役割があります。
冬に皮膚が乾燥しやすいのは、湿度や温度が下がることで皮脂膜が剥がれやすくなり、ブロック塀の目地にあたる角層の間の保湿成分が減り、角層が痛みやすくなるからといえるでしょう。
さて、ここまで分かってくると、2種類ある保湿剤の違いも理解しやすくなってきます。
2. エモリエントとモイスチャライザー
実は、日本語で言う「保湿剤」は、英語では大きく2種類に分けられるのです。
1つ目がエモリエント。これは、皮脂膜を補強する外用剤です。
2つ目がモイスチャライザー。これは、皮脂膜に保湿成分という機能を足した外用剤です。
ワセリンは、皮脂膜のかわりであって保湿成分が含まれていないので、「エモリエント」にあたり、「モイスチャライザー」ではないということです。
エモリエントには何がある?
皮脂膜は、その成り立ちから「皮膚の表面に膜を張って体を守る」効果があり、それに相当する成分として下記があります。
【皮脂膜を構成する主な成分】
- トリグリセリド
- スクワレン
- ワックスエステル
- 脂肪酸
- コレステロール など
スクワレンなどは化粧品の成分としても耳にしたことがあるかもしれませんね。
その「皮膚の表面に膜を張って体を守る」性質を代用する外用剤、すなわち「エモリエント」として、下記が使われています。
【皮脂膜の役割をもつ外用剤の例】
これらの外用剤を塗ることで皮脂膜の代わりに角層を守り、皮膚がそれ以上乾燥するのを防いでくれるというわけです。
さて、次にモイスチャライザーについても見ていきましょう。モイスチャライザーは、エモリエントに保湿成分を足した外用剤でしたね。
モイスチャライザーに含まれる保湿成分には何がある?
保湿成分にもさまざまあります。たとえば「セラミド」という名前をご存じの方もいるかもしれません。
セラミドは保湿成分としてはなかなかの性能を持っていますが[2]、保険適用のある外用剤には含まれていません。処方薬に含有されている保湿成分としては、ヘパリン類似物質、尿素などがあります。
ただし尿素が含まれた外用剤は、他の成分と比較してやや刺激感が多く出現するのではないか、という報告があります[3]。
【主な保湿成分】
- セラミド(保険適用の外用剤には含まれない)
- ヘパリン類似物質
- 尿素
これらの保湿成分を含むモイスチャライザーによる、乾燥肌への有効性は明らかにされています。
たとえば、かなり乾燥肌の強い(中等症以上)52人を対象とした次のような研究があります。研究参加者を「肌を洗浄したうえでモイスチャライザーを1日2回塗るグループ」と、「肌の洗浄だけするグループ」の2つにランダムに分け、2週間後の症状をみたところ、モイスチャライザーを1日2回塗るグループのほうがかゆみやカサつきなどの症状が改善し、それだけでなく見た目の乾燥度も良くなったという結果でした[4]。
3. エモリエントとモイスチャライザー、どちらがいいの?
では、エモリエントとモイスチャライザーのどちらがいいのでしょうか?
ここまで読んだ人は、エモリエントと保湿成分の2つの効果が備わっているモイスチャライザーのほうが優れている、と思うかもしれません。
しかし、この質問にお答えするのは、実は難しいのです。
というのも、それぞれの性質が違っていてどちらも利点を持っているからです。サッカーと野球が、スポーツとしてどちらがいいか?というようなものでしょう。
エモリエントの利点と注意点
一般的に、エモリエントのほうが皮膚を保護する能力に長けています。また、混ざり物が少ない分、刺激が少ないというのも長所です。特に、ワセリンのなかでも不純物が少ないプロペトは、もともと眼球に塗るワセリンでもあったという成り立ちから、塗る場所を選ばないので使い勝手がとてもよく、汎用されています。
さらにいえばモイスチャライザーよりも「安価」であり、たっぷり使いやすいともいえます。実際に、ワセリンをベースにした保湿剤は、コストパフォーマンスに優れているという研究結果もあります[5]。
一方で、ワセリンはべたつきが強くて、やや使い勝手が悪いという欠点もあります。なんといっても、皮脂膜としての役割で油分が中心ですから。
スキンケアは毎日行うものですから、この使い勝手の良し悪しというのは重要です。
たとえばアトピー性皮膚炎の子ども128人に、保湿剤の塗り心地を聞いた研究があります。これによると、「塗り心地が悪かった」と答えた人は、保湿剤の使用量が少なく、アトピー性皮膚炎の重症度も高くなっていました。また、その後、ベタつきの少ない保湿剤や、医師に勧められていない保湿剤を使うようになったということです。
いくらワセリンの刺激感が少なくコストパフォーマンスに優れていても、使い心地が合わずに十分に塗っていないのでは効果を望めませんよね。患者さんごとに合うような保湿剤、もしくは有効性が高い保湿剤を探していく必要性はあるでしょう。
モイスチャライザーの利点と注意点
一方でモイスチャライザーは、皮膚の保湿成分が減るようなアトピー性皮膚炎にはエモリエントよりも有効性が高いという報告があります。
たとえばアトピー性皮膚炎に関連した乾燥肌のある2-6歳の小児251人を、「グリセロールとパラフィンを組み合わせたモイスチャライザーを塗るグループ」、と「パラフィン(エモリエントにあたる)のみを塗るグループ」にランダムに分け、28日間治療した効果を確認したという研究があります。
すると、アトピー性皮膚炎の乾燥度は、モイスチャライザーを塗ったグループのほうがより改善したという結果でした[7]。
アトピー性皮膚炎は、皮脂膜だけでなく保湿成分が減った状態であることが多いので、モイスチャライザーのほうが有効だったのでしょう。
ただし、モイスチャライザーはエモリエントよりもやや値段が高めである傾向があり、エモリエントほど皮膚の保護には長けていないという問題点があります。
4. まとめ
さて、今回は日本語で言う「保湿剤」には2種類あることを「皮膚の構造」から考えてみました。主なエモリエントとモイスチャライザーの特徴を、簡単にまとめてみましたので参考にしてみてください(下表)。
代表的な保湿剤 | 刺激 | コスト(薬価) | 注意点 | |
エモリエント | 白色ワセリン | 少ない | 21.7-23.8円(10g) | ベタつきが強い |
ラノリン | 少ない | 32.0-32.6円(10g) | ややかぶれやすい[8] | |
流動パラフィン | 少ない | 8.9-9.7円(10mL) プラスチベース®︎は48.8円(10g) |
ワセリンより伸びが良い | |
モイスチャライザー | セラミド | 少ない | 高価 | 処方薬には含まれない |
尿素クリーム・軟膏 | やや多い | 45-59円(10g) | 刺激感が強く出る場合がある | |
ヘパリン類似物質クリーム・軟膏 | 普通 | 45-216円(10g) | 種類により匂いが強め |
筆者作成(2021.1.20)
改めて、普段使っている保湿剤を見直す機会になれば嬉しく思います。
次回は、エモリエントとしてよく使われる「ワセリン」に関して、さらに掘り下げて解説します。
執筆者
※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。