1. 多くの若者がイヤホンで難聴のリスクにさらされている
米国では1990年から2005年にかけてイヤホン(ヘッドフォン)を使用する人の数が1.75倍に増加したという報告があり、多くの若者の耳がイヤホンで大きな音にさらされていることが懸念されています。
2015年にWHO(世界保健機構)は、中高所得の国の若者(12-35歳)の約50%がスマートフォンやポータブルオーディオ機器の使用で、約40%がナイトクラブやイベントなどで許容範囲を超える大きな音を聞いていると警告し、世界中の11億人ほどに将来難聴になる危険性があると発表しました。
2. 大きな音を長時間聞き続けると騒音性難聴になる
爆発音などの極めて大きい音にさらされる環境を想像してみてください。難聴の原因になりかねない、というのは想像に難くないかと思います。しかし、工場やパチンコ店内の音など生活圏内にあるレベルの大きい音でも、長時間聞き続けると難聴になることがあり、「騒音性難聴」と呼ばれています。この騒音性難聴は音の大きさが同じであれば低い音より高い音のほうが起きやすいといわれています。
イヤホンを使って大音量で聞き続けると、難聴になりかねないので注意が必要です。
難聴が起きる仕組み
耳の奥の蝸牛と呼ばれる部分には、音を伝える「有毛細胞」があります。大きな音を長時間聞き続けると、この有毛細胞がダメージを受けて壊れてしまうことがあります。有毛細胞は壊れると元に戻ることは難しいので、ダメージを受ければ受けるほど数が減っていって、次第に聞こえにくくなります。多くの騒音性難聴は長期間(5-15年ほどと考えられています)かけて徐々に進行するといわれています。たとえば15歳から日常的に大きな音を聞き続けている人では、20-30歳頃から難聴が起こる計算です。
【耳の構造】
一方で、大きな音を聞く習慣がない人でも歳をとると耳が遠くなります。これは、加齢に伴って有毛細胞が減少したために起こるタイプで「加齢性難聴」と呼ばれます。加齢性難聴も騒音性難聴も「有毛細胞の減少」が原因で聞こえの悪さが生じるという点が共通しています。つまり、イヤホンなどで大きな音を聞き続けることは、通常高齢で起こる難聴を若いうちから引き起こすともいえるのです。
騒音性難聴の特徴
騒音性難聴には次の特徴があります。
- 何年もかけてゆっくり進行する
- 普段の生活にあまり影響しない高音から聞こえにくくなる
そのため初期には気づかない人が多く、耳鳴りや聞こえづらさといった症状を感じるようになった時にはすでに難聴が進行していることも少なくありません。一度壊れた有毛細胞は再生しないため、聞こえにくくなる前に「大きな音」から耳を守ることが重要です。
3. どのくらいの大きさの音を聞くと騒音性難聴になるのか
ここまで「大きな音」と大まかな表現をしてきましたが、具体的にどのくらいの大きさの音に注意したら良いのかについて、WHOが発表している指標を元に表にまとめました。WHOでは音の大きさ(dB:デシベル)とその具体例、1日あたりの許容時間の目安を示しています。また、音の具体例は日本の現状に合わせて記載しました。
【音の大きさと1日あたりの許容時間】
音の 大きさ (dB) |
音の具体例 | 1日あたりの 許容時間 |
130 | ジェット機のエンジン音 | 1秒未満 |
125 | 雷 | 3秒 |
120 | 緊急車両のサイレン(20m前方から90-120dB) | 9秒 |
115 | コンサート会場 | 28秒 |
110 | 自動車のクラクション(2m) | 30秒 |
105 | 工事用の重機 | 4分 |
100 | 線路が下から見えるタイプの鉄道のガード下、プロの声楽家の声 | 15分 |
95 | オートバイ | 47分 |
90 | パチンコ店の店内、騒々しい工場の中 | 2時間30分 |
85 | 線路が下から見えないタイプの鉄道のガード下 | 8時間 |
80 | 地下鉄車内、飛行機内 | ー |
75 | 在来線車内、居酒屋店内 | ー |
70 | バス車内、新幹線車内、デパート食料品売場 | ー |
65 | ファーストフード店、ファミリーレストランの店内 | ー |
60 | 博物館内、銀行や郵便局内 | ー |
80dB以下の音では騒音性難聴のリスクは少ないと考えられています。WHOでは騒音環境に身を置く時には、85dB未満の大きさの音で1日8時間以内にとどめることを勧めています。
また、耳を守るためには「耳栓の着用」が有効ですが、イベントやナイトクラブなど音楽を楽しみに行く時には気が進まない方法かもしれません。その場合は、できるだけスピーカーから離れたり、休憩を挟んだりして耳の負担を和らげる対策を心がけてください。
4. イヤホンやヘッドフォンで難聴にならないために気をつけると良いこと
イヤホンでの難聴も上と同じように考えると良いです。つまり、「音の大きさ」と「聴く時間」に注意するようにしてください。WHOでは具体的に次のようなことを勧めています。
- イヤホンで聞く場合は最大音量の60%以下にする
- 鉄道や飛行機内など周囲が騒がしい環境で聞く場合にはノイズキャンセリング機能のあるイヤホンを使う
- イヤホンを使って音を聞くのは1日1時間未満にする
多くのポータブルオーディオ機器の最大出力は100-120dBなので、60%以下にすることで安全な音量で聞くことができます。しかし、騒々しいところでは60%以下の音量では聞きとりにくいことがあり、ついついイヤホンの音を大きくしてしまいがちです。
参考までに、2008年に東京都生活文化局で行われた小規模な調査の結果を紹介すると、73.2dBの騒音がある場所では70dB以上の音を好む人が70%、80dB以上の音を好む人が34%でした。大半の人が騒音と同等以上の音でイヤホンを用いる傾向が見られます。この結果を踏まえると、毎日の通勤・通学の地下鉄(車内の音は約80dB)で音楽を聞いている人は、難聴のリスクがある聞き方をしている可能性があります。
このような騒音環境で音楽を聞くことが多い人は、耳の穴にピッタリと密着するタイプのイヤホンか、可能であればノイズキャンセリング機能があるイヤホンにすることで、音量をあげすぎることなく快適に聞くことができます。
また、イヤホンの使用は1日1時間未満にするよう心掛け、もし長時間になってしまう場合には休憩を挟んだり、できるだけ小さな音にする工夫をしてみてください。
5. まとめ
通勤や通学でつい大きな音で音楽を聞いてしまう人も多いかと思います。しかし、日常的に大きな音を聞くことには将来難聴が引き起こされる落とし穴があります。一度悪化した聞こえを改善することは難しいため、これから先、長く快適に音を楽しむためにも、今回のコラムを参考に耳に優しい生活に切り替えてみてください。
執筆者
※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。