2021.10.20 | コラム

コロナ経口薬で元の生活は戻ってくるのか?

新規の飲み薬のデータを紹介し、今後の社会に与える影響を考察します

コロナ経口薬で元の生活は戻ってくるのか?の写真

アメリカの大手製薬会社メルクは10月11日に、新規の経口薬「モルヌピラビル」の緊急使用許可を米食品医薬品局(FDA)に申請した、と発表しました。承認されれば新型コロナウイルスに対する世界初の飲み薬となります。早ければ年内にも日本で緊急承認される可能性がありそうです。

国産品の開発状況を見ても、シオノギ製薬の治療薬「S-217622」が9月に市販前最終段階の治験を開始しています。早ければ年内にも承認申請が出され、来年には実用化される可能性があります。このように、内服薬の実用化が近づいている状況です。

モルヌピラビルは1日2回、S-217622は1日1回、5日間飲む薬です。現在でも新型コロナウイルス感染症の治療には様々な薬が使われていますが、基本的には注射薬です。そこにこれらの飲み薬が加われば、入院せずに使える薬としてコロナ治療を一変させるかもしれません。

このコラムではこれらの飲み薬の有効性や安全性の情報を紹介し、飲み薬で元の生活が戻ってくるかどうかを考えてみたいと思います。(2021.10.19時点の情報に基づいて記載しています。)

 

1. 経口薬の有効性

まずは有効性について確認してみます。まだ論文として発表されておらず詳しいデータは不明ですが、メルク社が公表した市販前最終段階治験の中間解析では、新型コロナ感染者のうちモルヌピラビル使用群では7.3%(28/385人)、偽薬使用群では14.1%(53/377人)で入院が必要または死亡、という結果でした[1]。また、この数字をもう少し深堀りすると、モルヌピラビル使用群で死亡者は出ませんでしたが、偽薬群では8人が死亡していました。モルヌピラビルの有効性はガンマ株、デルタ株、ミュー株などの変異株に対しても同様に得られたとのことです。

偽薬群で377人中8人も死亡、というのは多く感じるかもしれません。その違和感はもっともで、この臨床試験は「少なくとも1つ以上新型コロナが重症化しやすい要因を持っている人」を対象としていて、亡くなるリスクの高い患者さんが対象だったのです。そうすると、モルヌピラビル使用群で死亡者が出なかったことがむしろ驚くべきことと言えそうです。

シオノギ製薬のS-217622については、残念ながらヒトに対する有効性はまだ分かりません。しかし、「動物実験ではウイルス量を速やかに減少させた」「ヒトが内服して十分な血液中の有効成分濃度が得られた」と公表されており、最終段階治験の結果に期待したいところです[2]。

 

2. 経口薬の安全性

安全性についても、現時点ではこれらの新規経口薬に大きな懸念はなさそうです。メルク社の発表では、薬剤に関連すると疑われた副作用の出現率はモルヌピラビル使用群で12%、偽薬群で11%、とほぼ同様でした。論文での詳細なデータが待たれるところですが、重大な副作用は現時点でほぼ確認されていないと言えそうです。

シオノギ製薬のS-217622については、やはり詳細なデータはまだ得られません。しかし、既にヒトに対する初期の治験は完了しており、安全性上の大きな問題は認められないと発表されています。

 

3. その他の問題点

有効性と安全性を見ると、モルヌピラビルのデータはかなり有望に思えます。S-217622も期待できそうです。しかし、問題点がないわけではありません。

問題点の1つにコストが挙げられます。1日2回5日間の飲み薬というと、日本でよくインフルエンザ治療に使われるタミフル®(オセルタミビル)と同じ内服スケジュールです。ところが、タミフルは5日分の薬価が2,557円(後発品だと1,196円)なのに対して、モルヌピラビルはアメリカで712ドル(約8万円)とされました。この価格では、若くて重症化の危険性が低い人にまで行き届くことはないと予想されます。また、そもそも使いすぎると薬が効きにくい耐性ウイルスが現れるリスクもあるので、新型コロナにかかった人全員が経口薬を使うのは値段に関わらず望ましいことではないかもしれません。

*ウイルスの耐性化リスクについてはインフルエンザ薬のコラム 「感染症内科医が伝えたいインフルエンザの治療薬について」も参考にどうぞ

 

また、モルヌピラビルの治験では、発症から5日間を超えている人や、既に重症の人は含まれていませんでした。そのため、既に感染して時間が経っていたり、重症になってしまった人に効くかどうかは分かりません。治験の対象外であった18歳未満の人や妊娠中/授乳中の人にも使用できないものと思われます。さらに、モルヌピラビルの治験対象者はラテンアメリカ人などが中心でアジア人はほとんどいなかったので、アジア人でも有効かどうかには一応注意が必要そうです。

 

4. 元の生活は戻ってくるのか

経口薬の普及は、コロナ前の生活に戻れる大きな一歩になると筆者は考えています。重症化する頻度が減り、亡くなることが珍しいとなれば、コロナは社会経済活動を大きく犠牲にしてまで抑え込むべき感染症ではなくなるからです。発症から5日以内で重症になる前に内服が必要という点はネックですが、医療アクセスの優れている日本では比較的容易にクリアできそうに思います。

しかし、内服薬の発売後ただちにコロナ前の生活に戻れるわけではないとも思います。理由として、以下のようなものが挙げられます。

 

  • 新型コロナの重症化率は内服薬で半分にできたとしても高く、ただの風邪といえるくらいのものではない
  • 若くて基礎疾患のない人がかかっても、ただの風邪というにはキツすぎる症状がしばしば出てくる
  • ワクチンの効果が切れてきたり、新しい変異株が出現すればその都度、感染者急増の新しい波は大なり小なりやってきてしまう
  • 医療アクセスの良くない国や地域では、医療機関を受診して検査を受け、結果が判明して高額な内服にたどり着く、というのを発症後5日以内にするのは難しい
  • 国内でおさえ込めたとしても海外での流行が収まらなければ、日本への流入は防ぎ切れない

 

新型コロナの流行で国民の心に刻まれた衛生観念は急に変えられるものではありません。ワクチンや内服薬など、人類の叡智を結集した武器を使って、少しずつ気長にウイルスをおさえ込んで行くことになるものと思います。

この先の流行状況がどうなるかは誰にも分かりませんが、経口薬が社会の正常化への大きな一歩となり、数年後くらいにはコロナが完全に過去の話題になればいいな、と筆者は願っています。

 

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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