2019.04.05 | コラム

たとえ塗り薬でもメダル剥奪のおそれあり!? 2020年に向けて考えるべきドーピング問題とは?

アンチ・ドーピングの観点からも「クリーン」な大会を目指すために・・・

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2020年の東京オリンピック・パラリンピックを間近に控え、否応なしに盛り上がりをみせてきている昨今。スポーツが生み出す様々なプラス面がある一方で、筋肉増強剤などの禁止物質(禁止薬物)によるドーピング問題は、フェアプレーの精神を根底とするスポーツ界に暗い影を落とす一因になっています。今回は近年のドーピング問題を薬学的視点も少し交えつつみていきます。

 

対岸の火事ではないドーピング問題

2016年に行われたリオ大会において、国家ぐるみでのドーピングによる違反やその隠蔽などの疑惑により、ロシア選手の出場に大きな制限がかかった話は、まだ記憶に新しいところです。

日本はというと、JADA(日本アンチ・ドーピング機構)や各地域の薬剤師会などが中心となって「アンチ・ドーピング」に関する啓蒙活動などを行っています。アンチ・ドーピングとは、ドーピング行為に反対(アンチ)し、スポーツがスポーツとして成り立つための、教育・啓発や検査といった様々な活動のことで、地道な活動の成果もあり日本は、一見するとドーピングとは無縁のイメージもあります。

実際に近年までは、例えば、禁止薬物であるエフェドリン類などの成分を含む風邪薬を「うっかり」飲んでしまったため自主申告で大会を欠場した・・・などといった事例はわずかにあったものの、オリンピックをはじめとする国際大会で日本選手がドーピング違反となった事例は皆無といってよいものでした。

しかし、カヌー競技における禁止薬物混入の事件、五輪代表経験があるスピードスケート選手や競泳選手にドーピング検査で陽性反応が示された事例など、ここ数年の日本のスポーツ界を取り巻くドーピング事情には若干の変化がみられます。幸い(?)なことに今までドーピング検査において陽性反応が示された日本選手は、検出された成分量などからも故意に禁止薬物を摂取したわけではないとされています。

日本では教育現場でのアンチ・ドーピングへの意識付けも行われていて、平成25年度から実施されている高等学校の学習指導要領体育理論には「オリンピックムーブメントとドーピング」が盛り込まれ、平成26年度からは学校教育現場におけるアンチ・ドーピング教育プロジェクト(スクールプロジェクト)が実施されています。地域によっては小・中学生を対象にした「スポーツの価値」や「アンチ・ドーピング」といった内容に関しての学習や意識付けも実施されていて、こうした取り組みがドーピングの芽を摘んでいるともいえます。

 

たとえ「うっかり」でもルール違反

禁止薬物による違反には、競技能力向上を見据えた意図的なものと、先ほどの例にもあるような意図的でない(または意図的でないと思われる)ものがありますが、背景、理由、処罰内容などはさておき、たとえ「うっかり」であったとしても、ルールに反した規則違反に該当することには変わりません。詳しくは割愛しますが、禁止薬物がドーピング検査機器に感知されないように加工・合成した「デザイナードラッグ」が登場するなど、ルールをかいくぐろうとする動きが次から次へと出現した背景もあり、ドーピングに対する規則や検査はさらに厳格化されてきています。

1999年に設立されたWADA(世界アンチ・ドーピング機構)からは毎年、禁止物質などを記した全世界共通の世界アンチ・ドーピング規定(通称:Code)が発表されています。当然、オリンピックなどの国際大会に出場するような選手やそのサポートスタッフは、このCodeをよりしっかりと理解する必要がありますし、以前は使用可能だった薬物が、ある年から使用禁止になるケースも少なくなく、常に新しい情報を入手していくことが必要です(禁止薬物であっても、持病などの治療が目的であって一定の条件を満たした場合に限り使用が許可される「TUE(治療使用特例)」というルールもあります)。選手自身のアンチ・ドーピングへの自覚もさることながら、選手自身が競技に集中できるように、コーチをはじめ周囲のスタッフなどによるバックアップも非常に重要といえます。

 

飲み薬じゃないから大丈夫・・・ではない!?

「ドーピング」とよくセットで「ステロイド」という言葉が使われることがあります。スポーツ界におけるドーピングで話題となる「ステロイド」の多くは、タンパク同化男性化ステロイド薬(AAS)といって、筋肉の発達などに関わる男性ホルモンを元に造られた薬物で、外因的に投与されたAASはドーピング対象(禁止薬物)になります。(AASに関してはメドレーコラム「ドーピングでよく耳にする"ステロイド"って何??」でも解説しています)

AASを含む薬剤は、飲み薬や注射剤だけでなく塗り薬などの外用薬としても世の中で使われています。一般的に塗り薬などの局所的な効果を期待して使われる外用薬は、ほぼ使用部位に限定して効果があらわれるように造られています(外用薬の中には、全身効果を期待して使われる薬剤もあります)。ただし、仮に局所に使う塗り薬であっても成分の一部が血管内へ吸収される可能性はあります。わずかな量であっても血液中に移行した薬の成分は全身を循環し尿などに混じることで、近年さらに精密化されたドーピングの検査機器に感知されるということも考えられるのです。ちなみにAASを成分として含む塗り薬は、市販薬(OTC医薬品)としても発売されています。過去に日本においても、ラグビーの選手が口ひげの育毛のために使用していた塗り薬にAASの成分が含まれていたため検査で陽性反応が出て、この選手に対しては2年間の出場停止処分が下されたという事例があります。安易に「塗り薬だから大丈夫・・・」と思って使った薬が原因で、努力の末に獲得した栄誉やメダルなどが剥奪される可能性は決してゼロではないのです。

 

地球規模での環境問題をうけて、2020年東京オリンピック・パラリンピックでは「環境保全」がひとつのテーマとなっています。自然や生態系への影響を最小限に抑え、エネルギーや資源を節減し、エコやリサイクルの徹底などが呼びかけられていますが、競技における不自然を是正する「アンチ・ドーピング」という観点も含めて、真にクリーンで公平な大会の実施が望まれています。先ほども少しふれましたが、日本にはJADA、各地域の薬剤師会、スポーツファーマシスト(アンチ・ドーピングに関して専門知識をもつ薬剤師)などの競技者をサポートできる組織や専門家が存在します。選手のみならず周囲のスタッフや家族も含め、日頃からアンチ・ドーピングに関して相談できるしっかりとした「環境づくり」が今後さらに重要となってくるのではないでしょうか。

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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