深部静脈血栓症(DVT)の治療について
深部静脈血栓症(DVT)は、主にふくらはぎや太腿の筋肉よりも深いところを走る血管に血の塊(
1. 薬物治療
DVTの治療では、血液をサラサラにする薬(
一方で膝よりも上のDVT(中枢型DVT)では症状が強いことが多く、肺塞栓症を起こす危険性も高いため薬物治療が必要です。中枢型DVTでは何か一時的な原因があってDVTを
以下ではDVTの薬物治療で用いられる薬剤について説明します。
抗凝固療法
抗凝固薬は血が固まるのを防ぐ薬の一種です。既にできてしまった血栓を直接溶かすわけではありませんが、新規の血栓ができないようにします。既にできてしまった血栓は自身の血液中の成分で少しずつ溶かされていきます。以下にDVTの治療で使われる抗凝固薬を列挙します。
【DVT治療に使われる抗凝固薬】
- ヘパリン:注射薬
- フォンダパリヌクス(商品名:アリクストラ®️):注射薬
- ワルファリン:
内服薬 - リバーロキサバン(商品名:イグザレルト®️):内服薬
- アピキサバン(商品名:エリキュース®️):内服薬
- エドキサバン(商品名:リクシアナ®️):内服薬
注射薬は原則として、入院が必要なほど重症なDVTや、他の理由で入院が必要な場合に用いられます。その場合も、注射薬の使用は最初の1週間程度で、次第に内服薬に切り替えて退院を目指します。ただし、妊娠中は内服の抗凝固薬が胎児に悪影響を与える可能性が指摘されています。したがって、胎盤をあまり通過せず胎児への影響が少ないと考えられるヘパリンでの治療が継続されることが多いです。この場合は長期にわたってヘパリンの注射を行うことになりますが、退院できる場合には患者さん自身で皮膚にヘパリンを毎日注射します(自己注射)。
抗凝固薬には複数の種類がありますが、注射薬間、内服薬間での明確な優劣については、さほどデータが多くありません。そのため、患者さんの病状・
【ヘパリン:注射薬】
- 持続点滴で使用することが多いが、皮下注射することもある
- 胎盤をあまり通過しないため胎児への影響が少なく、妊婦でも使用できる
- 効き具合に個人差があるので採血でチェックする必要がある(APTTという値を確認)
- 効きすぎた場合にはプロタミンという薬で効果を打ち消せる
- 手術後の血栓対策として予防的に使うことも可能で、その場合は低分子ヘパリンという分類に含まれるエノキサパリン(商品名:クレキサン®️)を1日2回皮下注射で使う場合もある。低分子ヘパリンではAPTTのチェックは不要である
【フォンダパリヌクス(商品名:アリクストラ®️):注射薬】
- 1日1-2回の皮下注射で使用する
- 効き目に個人差が少ないので、効き具合を採血でチェックする必要がない
- 腎臓が悪い人は使えない
- 効果や安全性についてはヘパリンとほぼ同等とされている
- 効きすぎた場合に効果を打ち消す薬は使えない
- 手術後の血栓対策として、予防的に使うこともできる
【ワルファリン:内服薬】
- 昔から使用されており、使用データが豊富である
- 通常は1日1回の内服となる
- 内服を開始してからしっかりと効果が出てくるまで4-5日以上かかる
- 他の内服薬よりも出血の副作用がやや多い
- 効き具合を採血でチェックする必要がある(PT-INRという値を確認)
- 効きすぎた場合には
ビタミン Kなどの薬で効果を打ち消せる - 手術後の血栓対策として、予防的に使うこともできる
【エドキサバン(商品名:リクシアナ®️):内服薬】
- 2014年から使用できるようになった比較的新しい薬である
- 1日1回の内服となる
- 体重や腎臓の機能などをみて内服量が決められる
- 採血で効き具合をチェックする必要はない
- 効きすぎた場合に効果を打ち消す薬は使えない
- 手術後の血栓対策として、予防的に使うこともできる
【リバーロキサバン(商品名:イグザレルト®️):内服薬】
- 2015年から使用できるようになった比較的新しい薬である
- 1日1回の内服となるが、飲み始めの3週間は1日2回の内服が必要となる
- 採血で効き具合をチェックする必要はない
- 効きすぎた場合に効果を打ち消す薬は使えない
【アピキサバン(商品名:エリキュース®️):内服薬】
- 2015年から使用できるようになった比較的新しい薬である
- 1日2回の内服が必要となる
- 採血で効き具合をチェックする必要はない
- 効きすぎた場合に効果を打ち消す薬は使えない
血栓溶解療法
血栓溶解療法は、既にできてしまった血栓を溶かす薬を注射してDVTを治療する方法です。ウロキナーゼという薬が昔から使用されています。また、肺塞栓症も
しかし、これらは強力な薬であるため、血栓を溶かすとともに他の部位で出血を起こしてしまう危険性もあります。そのため、DVTの治療として使われることは近年では珍しくなっています。
2. 理学療法
DVTの治療において主役となるのは、血液をサラサラにする「抗凝固薬」です。一方で、より物理的な手段でDVTの悪化や再発を予防する方法もあわせて行われます。以下では運動療法と圧迫療法について解説します。
運動療法(歩行、リハビリ)
脚を動かして脚の血流を良くする方法です。歩くなどの軽い運動、リハビリを行うと脚の筋肉が刺激されます。この時筋肉がポンプとして働き、脚の静脈で血液の流れが良くなる効果が期待できます。「今にも心臓・肺に流れて肺塞栓症を起こしそうな大きな血栓がある」といった場合を除いて、歩行・リハビリはDVT発症早期から行うと良いといわれています。DVTと診断された人は、いつからどの程度の運動をしてよいのか担当のお医者さんに確認したうえで、積極的にリハビリにトライしてみてください。
なお、手術後で動けない人や、寝たきりの患者さんなどでは、脚を高く上げる、足首を反らせる、脚をマッサージするなどのリハビリが行われます。
圧迫療法(弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法)
脚を持続的に圧迫すると、静脈の断面積が減ることで静脈の血流が速くなります。そのため血液が
弾性ストッキングは弾力性を持った特殊なストッキングです。手術の前後など、あまり身体を動かせなくなりDVTを発症しやすい時期には終日着用しておくことが推奨されます。大きな病院の売店であれば売っていることが多く、価格は1,000円から2,000円台のものが主流です。
弾性ストッキングの注意点として、圧迫によって皮膚の血流が悪くなったり、皮膚がかぶれたりすることがあります。皮膚に痛みや違和感のあるときは、お医者さんに相談してください。
間欠的空気圧迫法(フットポンプ)は脚を自動でマッサージしてくれる医療機器を用いる方法です。特にDVTができやすい人の手術前後などで使用されることが多いです。
3. カテーテル治療
DVTの治療としては抗凝固療法が中心となり、それに合わせて
経カテーテル血栓溶解/吸引療法
膝より上から骨盤にかけての静脈に大きなDVTがあって症状が強い人には、カテーテル治療が行われることがあります。カテーテルを血栓の近くに届かせて、そこから血栓を溶かす薬を注入したり、血栓を破砕しながら吸引したりします。この治療が行われる頻度はそれほど多くありませんが、DVTの発症後早期で症状も強い場合には有力な治療の選択肢となります。
下大静脈フィルター
下大静脈は、脚や骨盤を流れる静脈が合流して心臓へと還っていく太い血管です。お腹から胸にかけて、
しかし、この治療はDVTの患者さん全員に行われるわけではありません。確かに肺塞栓症は予防されますが、DVT自体はむしろできやすくなる、フィルターが動いてしまったり破損しうる、下大静脈が破れてしまう、などのトラブルも起こりうるからです。したがって、抗凝固療法をしっかり受けられる人では、下大静脈フィルターが使われるケースは多くありません。例えば脳出血を合併していて抗凝固薬を使用するのが危険な人や、抗凝固療法をしていても血栓が大きくなってくる人などで下大静脈フィルターによる治療が考慮されます。
4. 外科手術
外科手術は、カテーテル治療と同様に膝より上から骨盤にかけてできた重症DVTの人で検討されます。
参考文献
肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン(2017年改訂版)
(2020.5.20閲覧)