せいそうしゅよう
精巣腫瘍
精巣に生じる腫瘍の総称でそのほとんどが悪性腫瘍である
6人の医師がチェック 87回の改訂 最終更新: 2024.03.13

精巣腫瘍(精巣がん)の治療について

精巣腫瘍の治療は手術と抗がん剤治療が中心です。また、腫瘍がセミノーマであれば放射線治療も選択肢に挙がります。ここでは精巣腫瘍の治療法を個別に詳しく説明します。

1. 精巣腫瘍の治療法について

精巣腫瘍の治療には主に次のものがあります。

【精巣腫瘍の治療法】

  • 手術
    • 高位精巣摘除術:精巣を摘出する手術
    • 後腹膜リンパ節郭清術:後腹膜のリンパ節を摘出する手術
    • 転移巣切除術:肺や肝臓などに転移した腫瘍を摘出する手術
  • 抗がん剤治療
  • 放射線治療
  • 緩和治療

治療法はステージ(進行度)や、腫瘍の種類から選ばれます。お医者さんが治療を選ぶ基準については「こちらのページ」を参考にしてください。 以下では、それぞれの治療法の詳しい説明を行います。

2. 精巣腫瘍の手術

精巣腫瘍の主な手術には精巣を摘出する「高位精巣摘除術」と、後腹膜のリンパ節を取り除く「後腹膜リンパ節郭清術」、肺や肝臓、脳などに転移した腫瘍を取り除く「転移巣切除術」の3つがあります。

高位精巣摘除術:精巣を摘出する手術

精巣は足の付け根(鼠径部:そけいぶ)を切って取り出します。鼠径部から精巣を取り出す方法を高位精巣摘除術と言います。摘出された精巣は病理検査を行い、精巣腫瘍の種類や悪性度が調べられます。病理検査の結果は、その後の治療法の判断材料になります。

後腹膜リンパ節郭清術:後腹膜のリンパ節を取り除く手術

お腹の中の太い血管(大動脈と大静脈)周囲のリンパ節(後腹膜リンパ節)を取り除く手術です。精巣腫瘍には後腹膜リンパ節に転移しやすいという特徴があるので、転移がある人または疑われる人に後腹膜リンパ節郭清術が行われます。

転移巣切除術:肺や肝臓、脳に転移した腫瘍を取り除く手術

精巣腫瘍が進行すると、肺や肝臓、脳などに転移することがあります。手術をして治る可能性がある場合には、転移した腫瘍が取り除かれます。ここまでで説明した高位精巣摘除術(精巣を取り除く手術)や後腹膜リンパ節郭清術(後腹膜のリンパ節を取り除く手術)は泌尿器科のお医者さんが行いますが、他の臓器への転移の手術はそれぞれ専門のお医者さんが行います。例えば肺であれば呼吸器外科のお医者さん、脳であれば脳外科のお医者さんが担当するといった具合です。

3. 精巣腫瘍の抗がん剤治療(化学療法)

精巣腫瘍の治療では、手術と並んで抗がん剤治療が重要です。腫瘍が大きくなるのを抑え込んだり、小さくする効果があります。抗がん剤治療だけで治療が終了する場合もあれば、手術と抗がん剤治療の両方が行われる場合もあります。

抗がん剤治療が検討される人

抗がん剤治療を行うかどうかはステージと腫瘍の種類(セミノーマもしくは非セミノーマ)に応じて検討されます。対応した表を次に示します。(ステージについては「こちらのページ」を参考にしてください。)

【抗がん剤治療が検討される】

  セミノーマ 非セミノーマ
ステージI
ステージII
ステージIII

◎=検討される、◯=条件付きで検討される、△=検討されることは少ない

表の内容について詳しく説明します。

■セミノーマ

ステージIのセミノーマの人には抗がん剤治療が検討されることは多くはありません。ステージIの人に行われる抗がん剤治療の目的は再発予防になりますが、ステージIに再発は多くはなく、再発後でも十分完治が可能です。そのため、身体に負担がかかる抗がん剤治療は検討されないことが多いです。

ステージIIとIIIの人には抗がん剤治療が行われ、必要に応じてその後手術が行われます。

■非セミノーマ

非セミノーマの人では、全てのステージで抗がん剤を行う可能性があります。ただし、ステージIでは再発する可能性が高い人に限って検討されます。具体的には、摘出した精巣の病理検査で脈管侵襲(血管やリンパ管に腫瘍が入り込んでいること)が見られた人です。

上の表は初回の治療についての説明ですが、再発(治療で消えた腫瘍が再び現れること)した人のほとんどには、抗がん剤治療が検討されます。

抗がん剤治療の内容

精巣腫瘍にはシスプラチンという抗がん剤がよく効きます。シスプラチンを軸にして他の抗がん剤をいくつか組み合わせた治療が行われます。

【精巣腫瘍の抗がん剤治療】

  • BEP療法
    • ブレオマイシンとエトポシドとシスプラチンを組み合わせた治療
  • EP療法
    • エトポシドとシスプラチンを組み合わせた治療
  • VIP療法
    • ビンブラスチンとイホスファミドとシスプラチンを組み合わせた治療
  • TIP療法
    • パクリタキセルとイホスファミドとシスプラチンを組み合わせた治療

まず、BEP療法が行われることが多いです。BEP療法に組み込まれているブレオマイシンという薬は肺に合併症を起こしやすいので、肺の機能が低下している人には、ブレオマイシンを使わないEP療法やVIP療法が検討されます。 また、BEP療法の効果が乏しい人や効きづらくなった人には代わりとして、VIP療法やTIP療法が行われます。

抗がん剤治療の期間

抗がん剤治療には1回あたり3週間程度かかります。進行度にもよりますが、抗がん剤治療は3回から4回行うことが多く、治療を切れ目なく行うことができれば、9週間から12週間で終えられます。しかし、身体にかかる負担が大きいので、次の抗がん剤治療に耐えられる状態まで回復するのに時間がかかることがあり、スケジュール通りにいかないことは珍しくはありません。9週間から12週間というのはあくまでも目安としてください。

抗がん剤治療の副作用

抗がん剤には治療効果がある一方で、副作用もあります。精巣腫瘍の抗がん剤治療にともなう代表的な副作用とその対応について説明します。なお、治療による妊娠への影響については「こちらのページ」を参考にしてください。

【代表的な副作用】

  • 吐き気・食欲不振
  • 発熱
  • 脱毛
  • 下痢
  • 口内炎

ここでは代表的な副作用について詳しく説明しますが、他にも頻度が少ないながら現れる副作用があります。担当のお医者さんから起こりうる副作用についてよく聞いて対処法についても理解しておいてください。

■吐き気・食欲不振

精巣腫瘍の抗がん剤治療には吐き気や食欲不振の副作用がでやすい薬が使われます。吐き気の程度は人それぞれですが、吐き気止めが必要となるケースが多いです。予防薬もあるので、吐き気が強い人は遠慮なく相談してみてください。退院するころには吐き気はおさまっていることが多いですが、自宅で吐き気が強くなることもないわけではありません。軽度の吐き気であれば問題はありませんが、水分が摂れないほどの吐き気が続くときには点滴が必要です。かかりつけの医療機関を受診してください。

■発熱

抗がん剤治療中は主に2つの理由から発熱しやすくなっています。

1つ目は抗がん剤の副作用です。発熱が副作用によるものであれば、薬の中止で熱が下がります。しかし、効果が出ている抗がん剤は簡単に中止できません。「発熱の程度」と「抗がん剤の効果」のバランスをみて、「解熱剤を使いながら抗がん剤を使い続ける」か「抗がん剤の種類を変更する」のどちらかを選ぶことになります。どちらを選ぶにしてもメリットとデメリットがあるので、お医者さんとよく相談してください。

2つ目は感染症による発熱です。感染症は病原体(細菌ウイルスなど)が身体に侵入して増殖することで起こります。健康な人には病原体から身体を守るための細胞(主に白血球)があるので、簡単には感染症にかかりません。しかし、抗がん剤の影響によって白血球などが減少してしまうと、感染症にかかりやすい状態になります。特に、白血球の中でも「好中球」という細胞が減少した状態で起こる発熱には注意が必要です。「発熱性好中球減少症」といって、重い状態に陥ることがあるので速やかに対応しなければなりません。お医者さんから「白血球(特に好中球)が減っている」と言われた人は手洗いやマスクの着用、人混みを避けるといった予防策を徹底してください。また、白血球が減っている期間に発熱した場合は、すみやかに治療を受けている医療機関に相談してください。

■脱毛

抗がん剤の影響で脱毛が起こります。治療が終わるとまた発毛して、元に近い状態に戻ることが多いのですが、治療中はどうしても見た目が気になり、気持ちが落ち込む人が少なくありません。見た目の対策として、ウイッグや帽子を使うという方法があります。ウィッグは医療機関で購入できるので、抗がん治療が始まる前に準備しておくと良いです。

■下痢

抗がん剤治療による影響は粘膜に現れやすいです。腸の粘膜に傷がつくと、下痢が現れます。軽い下痢であれば自然と治ることがほとんどですが、下痢の量や回数が多い場合は下痢止めが必要なこともあります。日常生活への影響が大きい場合にはかかりけつのお医者さんに相談して、下痢止めを処方してもらってください。また、下痢が続くと水分が不足しがちになります。積極的な水分の摂取を意識してください。

口内炎

口の中は粘膜で覆われており、傷がつくと口内炎ができやすくなります。食事や水分摂取に影響するほどの痛みは薬で抑える必要があります。麻酔薬の成分が含まれたうがい薬や、内服の鎮痛剤が有効なので、痛みが強い人はお医者さんに処方してもらってください。また、口内炎は予防も大事です。予防のために、歯磨きは欠かさないようにして口の中の清潔を保ってください。予防法については「こちらのページ」も参考にしてください。

4. 精巣腫瘍の放射線治療

放射線には細胞を傷つける作用があります。この作用を利用して、放射線治療では腫瘍細胞を死滅させ、腫瘍を小さくします。

精巣腫瘍はセミノーマと非セミノーマ(セミノーマではない腫瘍)の2つに大別され、セミノーマには放射線治療がよく効きます。一方で、非セミノーマには効果があまり期待できないので、放射線治療が行われることは多くはありません。

放射線治療が検討される人

放射線治療が検討されるのは、腫瘍のタイプがセミノーマで次の条件に当てはまる人です。

  • ステージIで再発が懸念される人
  • ステージIIで大動脈周囲のリンパ節に5cm未満の転移がある人

それぞれについて詳しく説明します。

■ステージIで再発が懸念される人

ステージIは腫瘍が精巣にとどまった状態で、転移はありません。精巣を取り除く手術で治る人がいる一方で、検査では分からない小さな転移があったために手術後に再発する人も一定数います。その再発を予防するために放射線治療が検討されます。
しかし、放射線治療にも副作用がありますし、再発したとしても治療によって完治が望めることから、あえて予防せずに様子を見るという選択も可能です。

治療を受ける場合と受けない場合でのメリットとデメリットをまとめると下記のようになります。

【再発予防のための放射線治療のメリットデメリット】

  受ける 受けない
メリット 再発率が下がる 副用作用がない
日常生活への影響が少ない
デメリット 副作用がある
治療に時間がかかる
再発率が下がらない

どちらが絶対に正しいというわけではないので、自分の価値観と照らし合わせながら、お医者さんとよく相談し選択してください。

■ステージIIで大動脈周囲のリンパ節に5cm未満の転移がある人

ステージIIは主にリンパ節に転移がある状態です。ステージIの人とは異なり、放射線治療もしくは抗がん剤治療のどちらかが行われます。

【ステージIIの状態と治療法の対応】

ステージ 勧められる治療
IIa(リンパ節転移が2cm未満) 放射線治療
IIb(2cm以上5cm未満のリンパ節転移) 放射線治療または抗がん剤治療
IIc(5cm以上のリンパ節転移) 抗がん剤治療

治療法によって治療期間や副作用などが異なります。各治療法のメリット・デメリットについてお医者さんとよく相談して、自分の考えに合った治療法を選んでください。

放射線治療の期間

放射線の照射は多くの場合10回から20回行われます。照射は1日に1回行われ、治療期間は2週間から4週間です。進行していない状態ほど治療期間は短くて済むことが多いです。

放射線治療の副作用

がん治療の副作用と聞くと「抗がん剤によるもの」というイメージが強いかもしれませんが、放射線治療にも副作用があります。放射線治療の副作用は「早期障害(治療中または治療終了直後に現れるもの)」と「晩期障害(治療後数ヶ月から数年経って現れるもの)」の2つに大別されます。

■早期障害:治療中または治療終了直後に現れる副作用

早期障害の代表的な症状は、放射線を当てた部位の皮膚に現れる赤みや痛みです。放射線による皮膚のトラブルは時間の経過とともに治っていくので過度に心配することはありません。それ以外では「倦怠感」や「食欲不振」「吐き気」などが現れますが、これらの症状も皮膚のトラブルと同様に長く続くことはありません。

長く続かないとはいえ、症状は抑えられるにこしたことはありません。吐き気には薬の効果が期待できるので、お医者さんに相談してみてください。また、吐き気は食欲不振にもつながります。口当たりのよいものやあっさりしたものならば食べやすいことが多いので、なかなか食がすすまない人は試してみるとよいです。一方で、水分が摂れないほどの食欲不振や吐き気が強い人には点滴治療が必要です。すみやかに医療機関を受診してください。

■晩期障害:治療後数ヶ月から数年経って現れる副作用

精巣腫瘍の放射線治療は腹部を中心に行われるので、お腹の中にある臓器にも放射線の影響が及ぶことがあります。影響があってもすぐには症状として現れず、数年から数ヶ月を経てから現れます。具体的には、腸や膀胱に副作用が起こった場合には血便血尿が見られます。このような晩期障害が疑われる症状が現れた場合は早めにかかりつけのお医者さんに診てもらってください。

5. 精巣腫瘍の緩和治療

緩和治療には生命を脅かす病気によって生じる肉体的・心理的な苦痛を和らげる目的があります。一昔前までは終末期に限った治療と考えられていました。しかし、現在では位置づけが異なり、がんの進行度にかかわらず緩和治療が行われます。緩和治療は他の治療と並行して行われることも多く、手術の痛みを和らげることや抗がん剤による吐き気を抑えることも緩和治療に含まれます。また、肉体に起こる問題だけではなく、精神に起こる問題に対しても緩和治療が行われます。緩和治療を上手に組み合わせることで、患者さんが抗がん治療(手術や抗がん剤治療、放射線治療)に前向きになれる効果も期待できます。

緩和治療のより詳しい説明は「こちらのページ」を参考にしてください。

6. 精巣腫瘍に治療ガイドラインはあるのか

ガイドラインは治療の成績や、安全性の向上を目的として作成されたものです。精巣腫瘍には日本泌尿器科科学会が作成した「精巣腫瘍診療ガイドライン 2015年版」があります。ガイドラインは過去の結果や報告などを根拠にして、場面ごとの最適な治療法が記載されています。ガイドラインの内容を踏まえることで、お医者さんは効果の高い治療法を選びやすくなります。