にんちしょう
認知症
記憶障害や、物事を頭で処理する際の段取りや計画を行う能力の低下
10人の医師がチェック 161回の改訂 最終更新: 2024.02.16

認知症の治療:薬物治療(アリセプト®やメマリー®など)や非薬物療法など

治療という点から考えると認知症は治療が可能なものと根本的な治療ができないものに分けることができます。根本的な治療ができないタイプの認知症は認知症の進行を遅らせることが治療の目的になります。

1. 認知症の治療の目的

認知症を治療という面からみると治療が可能な認知症と根本的な治療がない認知症に分けることができます。

治療が可能な認知症は治療によって原因を取り除いたり異常な状態を補正することで認知症が治ることがあります。

一方で認知症の原因の大半を占めるアルツハイマー型認知症レビー小体型認知症脳血管性認知症などは根本的な治療は確立されていません。つまり何らかの治療によって認知症が治るということは難しいと考えられています。根本的な治療がない認知症に対する治療は進行を遅らせたりすることが目的になります。

以下では治療が可能な認知症と根本的な治療がない認知症に分けて原因などについても解説します。

治療が可能な認知症の場合

頻度は多くはないですが治療が可能な病気が原因で認知症が起こることもあります。この治療可能な認知症を見分けることは治療の方針を決める上でも重要です。治療が可能な認知症の原因には以下のようなものがあります。

【治療可能な認知症を起こす主な原因】

これらの原因で認知症を起こしている場合には適切な対応をとることで症状の改善が期待できます。例えば慢性硬膜下血腫正常圧水頭症などは認知症を起こすことがよく知られた病気ですが、手術によって認知症がよくなることがあります。また同様に他の原因についてもビタミンの補充や薬による治療などにより認知症の改善が期待できます。

根本的な治療がない認知症の場合

アルツハイマー型認知症脳血管性認知症レビー小体型認知症前頭側頭型認知症は、認知症の原因のほとんどを占めますが、これらの病気を治す治療は現在のところ確立していません。つまり認知症のうちのほとんどは根本的な治療法はありません。ではなぜ認知症に対して治療を行うのでしょうか。認知症の治療の目的は、病気の進行と症状を抑えることです。認知症の治療は現れている症状を判断材料にして選ばれます。認知症の症状は、中核症状と周辺症状の2つに分けることができます。

中核症状と周辺症状については「認知症の症状」で個別に解説しているので参考にしてください。認知症の治療は中核症状と周辺症状をそれぞれ抑えることですが、使う薬が異なります。

【中核症状の治療】

認知症は、脳の病的な変化が原因で症状が現れます。特に認知症は認知機能が低下するのですが、認知機能の低下による症状を中核症状と言います。認知機能は理解・判断・論理などの知的な行動を司る力のことです。中核症状の代表は記憶障害いわゆる物忘れです。他にもいくつか症状があります。

  • 中核症状
    • 記憶障害
    • 実行機能障害
    • 見当識障害
    • 視空間認知障害
    • 失行
    • 失語
    • 失認

中核症状に対しては認知症の進行を遅らせる効果がある薬を用いる薬物療法と非薬物療法(薬物療法を用いない方法)を併用します。コリンエステラーゼ阻害薬やNMDA受容体拮抗薬が認知症の進行を遅らせる治療薬です。

非薬物療法は文字通りに薬を用いずに行う治療で、行動・感情・認知・刺激という側面からアプローチして症状の改善を図ります。薬物療法・非薬物療法の詳細については後で詳しく解説しているので参考にして下さい。

【周辺症状の治療】

周辺症状は、認知機能障害によって起こる中核症状以外の症状のことを指します。周辺症状は主に行動の症状と心理の症状に分けることができ、BPSDと呼ばれることもあります。BPSDは「認知症の行動・心理の症状」の英語訳であるBehavioral and Psychological Symptoms of Dementiaの頭文字をとったものです。

周辺症状という字面からすると大きな問題にはならないと感じるかもしれませんが、認知症においては中核症状より深刻な事態の原因になることがあり適切な治療や対処が望まれます。周辺症状は以下のようになります。

  • 周辺症状:認知症に特有の行動や心理症状
    • 行動に関する症状
      • 暴言・暴力
      • 徘徊
      • 不穏
      • 性的脱抑制
    • 心理に関する症状
      • 不安
      • 焦燥性興奮
      • 幻覚
      • 妄想
      • うつ症状
      • 無気力・無関心
      • 性格の変化
      • 不眠

周辺症状は中核症状によって引き起こされる症状で、行動に関する症状と心理に関する症状の2つに分けることができます。行動に関する症状は患者さんを観察することで明らかになります。一方で心理に関する症状は患者さんと対話をすることにより明らかになる症状です。

周辺症状に対してはまず症状の原因があるのかを探るところから始めます。原因を解決することで症状が改善することも期待できます。周辺症状を解決するための手順について1つの例を紹介してその後説明します。医療者に向けた内容なのでやや専門的な内容になりますが、医療者が気を配っていることなどを理解してもらうことは介護をする上でも役に立つと思うので参考にして下さい。

  1. 患者さんを介護するうえでどのような周辺症状が問題になっているかを介護者との話し合いを通じて明確にする
  2. 問題になっている周辺症状についての詳しい情報を集める
    1. 介護している人に観察記録を付けてもらうことが有効
      1. どのような場面で症状が現れるか
      2. 頻度はどの程度か
      3. 起きやすい時間はあるか
  3. 周辺症状が現れた前後の状況を明確にする
    1. 症状のきっかけになる要因を特定する手がかりを探す
    2. 介護している人にも症状が現れる要因があることを理解してもらう
  4. 周辺症状の要因がある程度特定できれば、患者さんと介護者が計画をたてる
  5. 周辺症状を抑えることができたら介助をする人の取り組みを評価する
    1. 介護者のストレスが緩和される効果が期待でき患者さんへもよい影響が期待できる
  6. 周辺症状に対する介入の効果について継続的に評価してその計画を見直す
  7. 介入によっても症状の改善が不十分な場合には薬物療法を検討する

難しい内容なので解説します。

周辺症状については症状が現れるきっかけがあることは珍しいことではありません。きっかけを取り除くだけで症状が現れなくなることもあります。このため症状はどんな状況で現れるかを把握しておくことは大切です。なぜならばあらかじめその状況を避けることで症状が現れるのを防ぐことにもつながるからです。

もう一つ大切なことは介護をする人への配慮です。周辺症状が現れる段階では患者さんは日常生活においてもある程度介護が必要なことが多く負担も多くなります。周辺症状を現れないようにするには介護をする人の役割が重要であり、それができたときには介護者の力であることを伝えることが大切です。そうすることで介護に対する意欲を高めることができ患者さんもその恩恵を受けることができるのです。

周辺症状が現れるきっかけを詳細に調べて予防するような行動をしても症状が現れて生活に支障をきたしてしまうことがあります。その際には症状を落ち着けるために薬物療法を開始します。周辺症状に対する薬物療法は後述しているのでそちらを参考にして下さい。

参考:Teri L, Logsdon R. Assessment and management of behavioral disturbances in Alzheimer's disease, Compr Ther 1990;16(5):36-42

2. 中核症状に対する薬物療法

中核症状は、記憶障害(もの忘れ)や実行機能障害(問題解決能力の低下)、見当識障害(時間や場所の見当がつかない)など認知症の患者さんにほぼ共通して起こる症状のことです。中核症状を以前の状態に戻すことは難しいと考えられており症状の進行を予防するために薬物療法が用いられます。中核症状に用いられる薬は以下のものがあります。

  • コリンエステラーゼ阻害薬
    • ドネペジル(主な商品名:アリセプト®)
    • ガランタミン(商品名:レミニール®)
    • リバスチグミン(商品名:イクセロン®、リバスタッチ®)
  • NMDA受容体拮抗薬
    • メマンチン(商品名:メマリー®)
  • 生物学的製剤
    • レカネマブ(商品名:レケンビ®)

認知症の中でもアルツハイマー型認知症に対してはコリンエステラーゼ阻害薬がまず用いられることが多く、副作用に注意しながら徐々に量を増やしていきます。以下ではそれぞれの薬について解説します。

コリンエステラーゼ阻害薬

■ドネペジル(主な商品名:アリセプト®)

4種類(2018年1月現在)の中核症状治療薬の中では最初に登場した薬で、日本においては1999年に承認されています。

アルツハイマー型などの認知症では脳内のアセチルコリンという神経伝達物質が関わるコリン作動性神経系の障害が原因のひとつと考えられています。またアセチルコリンはコリンエステラーゼという酵素によって分解されます。ドネペジル(主な商品名:アリセプト®)はコリンエステラーゼの中でも神経に局在し神経活動と深く関わるとされるアセチルコリンエステラーゼを主に阻害する作用をあらわし、脳内アセチルコリン量を増加させコリン作動性神経系を賦活させることで認知機能障害の進行を抑える効果が期待できます。

発売当初は軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症への承認のみでしたが、2007年に高度の病態へも保険承認され、上限として1日10mgまで増量することも可能です。(その他、2014年にはレビー小体型認知症へも保険承認されています。)

一般的には1日量として3mgの用量から開始し、病態などに合わせて増量する治療法がとられます。(ただし、病態などを考慮し必要に応じて3mgより少ない用量で投与されることなども考えられます。)

注意すべき副作用として吐き気や食欲不振、下痢などの消化器症状、不整脈などの循環器症状、易怒性(いらいらしたり怒りっぽくなったりする)などがあります。また脳内でアセチルコリンが優位となる一方で神経伝達物質ドパミンが抑えられることなどによって歩行障害、不随意運動、手足のふるえなどの錐体外路障害が引き起こされる可能性もあります。錐体外路に関連する症状があらわれる病気で高齢者に多いパーキンソン病やパーキンソン症状をあらわす病態では特に注意が必要となります。

ドネペジルの剤形(剤型)には普通錠の他、口腔内崩壊錠(D錠やOD錠)、細粒剤、ドライシロップ剤、ゼリー剤、経皮吸収型製剤(貼り薬)などがあり、服薬状況や嚥下能力などに合わせた選択が可能です。

■ガランタミン(商品名:レミニール®)

日本では2011年に承認された薬で、ドネペジルなどと同じコリンエスラーゼ阻害薬に分類される薬です。

ガランタミン(商品名:レミニール®)の作用の仕組みをもう少しみていくとアセチルコリンエステラーゼを阻害することで脳内アセチルコリン濃度を上昇させる作用をあらわします。またアセチルコリンによる受容体(ニコチン性アセチルコリン受容体)の活性化を増強する作用もあらわすとされ、主にこの2種類の薬理作用によって認知機能障害の進行を抑える効果が期待できます。軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症に対して保険承認されている薬ですが、前頭側頭型認知症などへの改善効果の可能性も考えられています。

服用方法は通常、1日2回が基本とされていますが、病態などを考慮して1日1回の服用方法が考慮される場合も考えられます。

注意すべき副作用として吐き気、食欲不振、下痢などの消化器症状、めまいや眠気(傾眠)、頭痛などの精神神経系症状、不整脈などの循環器症状などがあります。

剤形(剤型)として普通錠の他、口腔内崩壊錠(OD錠)、液剤(内用液)があり嚥下機能が低下している場合などへのメリットも考えられます。

■リバスチグミン(商品名:イクセロン®、リバスタッチ®)

日本では2011年に承認された薬で、イクセロン®やリバスタッチ®という名称で使われているコリンエステラーゼ阻害薬です。

主に脳内のアセチルコリンエステラーゼ及びブチリルコリンエステラーゼといった2種類のコリンエステラーゼへの阻害作用をあらわし、コリン作動性神経系を賦活させることで認知機能障害の進行を抑える効果が期待できます。

日本では軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症に対して保険承認されている薬ですが、レビー小体型認知症などへの有用性も考えられています。

他の3種類の中核症状治療薬(ドネペジル、ガランタミン、メマンチン)が内服薬(飲み薬)であるのに対して日本におけるイクセロン®とリバスタッチ®は貼付薬(パッチ剤)であるのも特徴のひとつです(なお、ドネペジルに関しては2022年12月に貼付薬(商品名:アリドネ®パッチ)が承認されています)。

海外のリバスチグミン製剤ではカプセル剤などの内服薬が使われていましたが、吐き気などの消化器症状が懸念となりました。日本におけるイクセロン®やリバスタッチ®はパッチ剤として投与直後の血中濃度の急な上昇を抑えたり薬剤成分を長時間ある程度一定に維持する工夫を施すことで消化器症状などの軽減が期待できる製剤になっています。またなんらかの理由で嚥下機能が低下していて内服薬による治療が困難な場合に有用であったり、家族や介護従事者などが視覚的に貼付状況を確認できることなどもメリットとして考えられます。

一方で貼付部位におけるかぶれなどの皮膚症状には注意が必要です。アトピー性皮膚炎や皮膚が乾燥しやすい体質などがある場合には事前に医師に伝え、必要に応じて保湿剤などの使用を検討するなど適切に対処することも大切です。

他に注意すべき副作用としてめまい、頭痛、眠気(傾眠)、落ち着きがないなどの精神神経系症状、不整脈などの循環器症状などがあります。

NMDA受容体拮抗薬(メマンチン:メマリー®)

日本では2011年に承認された薬です。

中核症状の治療薬としてはドネペジル(主な商品名:アリセプト®)をはじめとするコリンエステラーゼ阻害薬と呼ばれる脳内の神経伝達物質アセチルコリンの働きを改善する薬がありますが、メマンチンはこれらとは異なる作用の仕組みによって効果をあらわす薬です。

脳内のグルタミン酸は記憶や学習などに関与する興奮性の神経伝達物質で、アルツハイマー型認知症ではこのグルタミン酸神経系の機能異常の関与があり、グルタミン酸の受容体のひとつであるNMDA受容体の過剰な活性化が原因のひとつと考えられています。

メマンチン(商品名:メマリー®)はグルタミン酸によるNMDA受容体の異常な活性化を抑えることで神経細胞保護作用及び記憶・学習機能障害を抑える作用をあらわします。主にアルツハイマー型認知症における認知機能障害の進行を抑え、言語、注意、実行などの悪化の進行を抑えることが期待できます。

メマンチンは一般的には中等度及び高度(重度)の進行したアルツハイマー型認知症に使われ(仮に病態が軽度であっても改善効果は期待できるとされています。)、ドネペジルなどのコリンエステラーゼ阻害薬と併用することもできるため、仮に認知症が高度に進行したとしても改善の可能性が考えられます。

副作用などを考慮して服用量を少量から増やしていく漸増法による投与が一般的とされていますが、病態などを考慮し一定の用量(例えば1日10mgなど)を長期的に投与するケースも考えられます。

注意すべき副作用としてめまいや頭痛などの精神神経系症状、眠気(傾眠)、便秘などの消化器症状などがあり、易怒性(いらいらしたり怒りっぽくなったりする)などの症状がみられる可能性もあります。

眠気などを考慮し「就寝前」などの服用方法が指示される場合も考えられます。また服用する人の大半が高齢者ということもあり、めまいや眠気による転倒に対しても注意は必要で、特に骨粗鬆症などの持病を持つ場合には更にリスクが増すことが考えられ、家族や介護従事者などによる見守りや介助なども大切です。

発売当初は普通錠の剤形(剤型)のみでしたが、2014年に口腔内崩壊錠(OD錠)が追加になり、嚥下機能が低下している場合などへのメリットから現在ではOD錠が広く使われています。また、2018年には散剤(ドライシロップ剤)の剤形が追加され、こちらも嚥下機能が低下している場合などへの選択肢となっています。

生物学的製剤(レカネマブ:レケンビ®)

アルツハイマー病発症に関係するアミロイドを取り除き、認知機能の低下を緩やかにする効果が確認された薬です。アルツハイマー病以外の認知症では使うことはできませんし、アルツハイマー病の人全員に使える薬というわけでもありません。対象はアルツハイマー病による軽度認知機能障害およびアルツハイマー病による早期の認知症で、アミロイドの蓄積が確認された人に限られます。アミロイドの蓄積を確認するためにPET検査髄液検査を行う必要があります。新しい薬であるということと、対象が厳格に定められているため、レカネマブの投与を実施できる医療機関は限られます。

3. 周辺症状に対する薬物治療

周辺症状(行動・心理症状)は中核症状に伴って起こる反応性の症状で主に、徘徊や暴力、性的脱抑制などの異常な行動(行動症状)と幻覚や不安、妄想などの心理症状の2つからなります。周辺症状は身体的な要因や環境などが影響していることもあり、心理的なアプローチなどで症状が落ち着くように働きかけますが病態などに合わせて薬物療法を行うことも検討します。

認知症の周辺症状には夜間せん妄、幻覚、妄想、不安・焦燥などの陽性症状(過活動性症状)と意欲や自発性低下、抑うつなどの陰性症状(低活動性症状)があり、例えば陽性症状に対しての抗精神病薬、陰性症状に対しての抗うつ薬、といった様に主に精神神経系へ作用する薬が使われています。

薬の多くが精神神経系に作用する薬で認知症患者の多くは高齢者ということもあり、薬の用量(服用量)は比較的少ない量で使用されたり、初回は低用量から開始される(薬剤や治療内容などによってはあえて用量を増やして使う場合も考えられます)などの配慮がされますが副作用などへの注意は必要です。周辺症状に対して薬物療法を行うときには周囲の人は副作用の危険性などについても十分に把握しておいた上で患者さんの生活を支えていく必要があります。

以下ではそれぞれの薬の特徴などについて解説します。

抗精神病薬

脳内の神経伝達物質であるドパミンやセロトニンなどへの作用により、一般的に統合失調症による幻覚、妄想、思考の混乱などの症状を改善する目的で使われる薬剤です。

認知症の周辺症状では陽性症状(過活動性症状)である夜間せん妄、幻覚、妄想、不安、焦燥などに効果が期待できるとされています。

リスペリドン、クエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールなどの抗精神病薬によって周辺症状の改善がみられる場合があります。また初期に開発された抗精神病薬であるクロルプロマジン(主な商品名:ウインタミン®、コントミン®)が使われる場合も考えられ、前頭側頭型認知症の中のピック病などに対する改善が期待できるという考えもあります。その他にはプロペリシアジン(商品名:ニューレプチル®)などの抗精神病薬が選択肢となる場合も考えられます。

抗精神病薬の注意すべき副作用には錐体外路障害、血圧変動(転倒など)、血糖変動、眠気、過鎮静、高プロラクチン血症などがあり、糖尿病などの持病がある場合は使用に対してより注意が必要となります。またドパミンの働きを抑えることでパーキンソン症状があらわれる懸念もあり、元々パーキンソン病の持病がある場合では使用が難しくなります。これらの副作用や高齢者で低下しがちな内臓機能などを考慮し、薬剤の服用量を比較的少ない量で使用(又は比較的少ない量で使用を開始)することが一般的ですが日々の生活の中で「服用中の体の動作に異常(ぎこちなさ等)はないか?」「ふらつきはないか?」など経過観察を行うことも大切です。

抗うつ薬

セロトニンやノルアドレナリンといった脳内の神経伝達物質の働きを改善する作用などをあらわす薬で元々はうつ(抑うつ)の改善薬として開発された薬です。抗うつ薬は作用の仕組みなどによっていくつかの種類に分類されます。

◎SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)

主に脳内の神経伝達物質セロトニンの働きを改善する作用をあらわす薬で抑うつ、意欲低下、自発性低下などに効果が期待できるとされています。薬剤によっては食行動異常や前頭側頭型認知症の脱抑制(内的な欲求を制御することができずに本能のまま行動したりする、マナーなどの欠如や違法行動など)にも効果が期待できるとされています。

主なSSRIとしてはフルボキサミン(主な商品名:デプロメール®、ルボックス®)、パロキセチン(主な商品名:パキシル®)、セルトラリン(主な商品名:ジェイゾロフト®)、エスシタロプラム(商品名:レクサプロ®)があります。SSRIはうつ病の他、薬剤によってはパニック障害PTSDなどの精神疾患にも有用で、様々な精神神経系の症状があらわれる認知症に対しても選択肢のひとつとなっています。

◎SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)

主に脳内の神経伝達物質のセロトニンやノルアドレナリンの働きを改善する作用をあらわす薬で、認知症における意欲低下、自発性低下、抑うつなどに効果が期待できます。

主なSNRIとしてミルナシプラン(主な商品名:トレドミン®)やデュロキセチン(商品名:サインバルタ®)などがあり、抑うつなどの症状のほか神経性疼痛などに効果が期待できる薬剤です。SNRIの中でもデュロキセチン塩酸塩は「糖尿病性神経障害」や「線維筋痛症に伴う疼痛」といった神経の痛みに対しての効果が承認されている薬で、体の痛みなどを訴える心気症や心因性腰痛の改善なども期待できるとされています。

◎その他の抗うつ薬

SSRIやSNRI以外の抗うつ薬としては三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬、NaSSA、トラゾドンなどの抗うつ薬があります。SSRIやSNRIで十分な効果が得られない場合や病態などによってはこれらの薬が選択肢となる可能性もあります。しかし、例えば三環系抗うつ薬では抗コリン作用といって神経伝達物質のアセチルコリンの働きを抑える作用が比較的あらわれやすく、アセチルコリン不足が主な要因となるアルツハイマー型認知症などに対しては相性が良いとは言えない面があります。また抗コリン作用によって便秘排尿障害などが引き起こされる可能性もあり、便秘症前立腺肥大症などの高齢者に多い疾患や症状に対する懸念もあります。NaSSAと呼ばれるミルタザピン(商品名:リフレックス®、レメロン®)は催眠作用があらわれやすい薬のひとつで、不眠の症状がある場合には有用となる可能性がある一方で寝たきり状態を助長する懸念などもあります。その他、三環系抗うつ薬に比べて一般的に抗コリン作用への懸念が少ないトラゾドン(主な商品名:デジレル®、レスリン®)や四環系抗うつ薬のミアンセリン(商品名:テトラミド®)などはうつ(抑うつ)を伴う睡眠障害などに対しても効果が期待できるとされているなど薬剤によって特徴は異なります。

他の精神神経系に作用する薬剤にも言えることですが、抗うつ薬はその種類や薬剤ごとに特徴が異なり、認知症の種類や個々の病態などによっては適さない場合もあります。使用する薬にどのような特徴がありどのような注意点があるのか、などを事前に聞いておくことが大切です。

抗不安薬

一般的に「抗不安薬」として臨床上広く使われているのは、ジアゼパム(主な商品名:セルシン®、ホリゾン® など)やエチゾラム(主な商品名:デパス®)などのベンゾジアゼピン系抗不安薬という種類の薬剤です。ベンゾジアゼピン系の抗不安薬は脳内で興奮などを抑える抑制性の伝達物質であるGABA(γ-アミノ酪酸)の作用を増強することで、不安や緊張などを和らげる作用をあらわします。ベンゾジアゼピン系以外の抗不安薬としては神経伝達物質のセロトニンなどの働きを調節することで不安や緊張などを和らげるタンドスピロン(主な商品名:セディール®)などがあります。

認知症の周辺症状では不安や焦燥などの症状があらわれる場合があり「抗不安薬」はこれらの症状の改善効果が期待できるとされています。

しかし「抗不安薬」と呼ばれる薬の多くは過鎮静、運動失調、転倒、認知機能の低下などへの懸念を伴うため、高齢者に使用するには特に注意が必要な薬剤の一つで、中でもベンゾジアゼピン系の薬は病態などによっては記憶障害を悪化させるなど特に注意が必要とされています。

クロナゼパム(商品名:ランドセン®、リボトリール®)は睡眠行動異常や不安症状を含めた高齢者の精神症状などに対しての効果が期待できるとされています。ロラゼパム(主な商品名:ワイパックス®)は肝機能による影響が少なく、短時間作用型(一般的に薬の作用持続時間が比較的短く体内に薬の成分が残りにくいと考えられる薬)のため高齢者に対しても有用であることも考えられます。

エチゾラムやクロチアゼパム(主な商品名:リーゼ®)などの短時間作用型の抗不安薬も臨床では比較的広く使用されている薬です。ただし、こちらは連用後の中断によって反跳性不安(服用を止めた場合に以前よりも不安状態になる)などが比較的あらわれやすいとされ、筋弛緩作用などと合わせて注意が必要となります。

その他、タンドスピロンやジアゼパム(主な商品名:セルシン®、ホリゾン®)などが認知症の症状改善に使われる場合も考えられます。

睡眠薬(睡眠導入薬)

不眠などの睡眠障害は仮に認知症でなくても多くの高齢者が訴える症状のひとつで、治療の選択肢として睡眠薬や睡眠改善薬が使われることがあります。

睡眠障害に対しては日光浴や日中の離床などの非薬物療法が有用な場合もありますが、改善が不十分である場合には一般的に有益性と副作用などのリスクを十分考慮した上で睡眠薬の使用が検討されます。多くの睡眠薬は主に脳内のGABA(γ-アミノ酪酸)という神経伝達物質の作用を高めることで催眠・鎮静作用などをあらわします。

睡眠薬(特に高齢者の睡眠障害の睡眠薬)としてはブロチゾラム(主な商品名:レンドルミン®)などのベンゾジアゼピン系睡眠薬や、ゾルピデム(主な商品名:マイスリー®)、ゾピクロン(主な商品名:アモバン®)、エスゾピクロン(商品名:ルネスタ®)といった非ベンゾジアゼピン系睡眠薬などが主に使われています。睡眠薬は鎮静作用や筋弛緩作用などの懸念が少なからずあり、特に転倒・骨折などのリスクから高齢者への使用には十分な注意が必要です。

一般的に高齢者の睡眠障害では夜中に繰り返し目がさめる中途覚醒や、朝早く目が覚めてしまい再び眠れなくなる早朝覚醒が多いとされますが、これらの症状に適する睡眠薬は作用の持続時間が比較的長い中間型などのタイプが有用です。しかし作用の持続時間が長いタイプの睡眠薬は筋弛緩作用が比較的強く朝まで持ち越す場合もあり高齢者には使いづらい面があります。そのため持続時間が短時間型のブロチゾラムや超短時間型のゾルピデムなどが使われることが一般的です。その他、ニトラゼパム(主な商品名:ベンザリン®、ネルボン®)やリルマザホン(主な商品名:リスミー®)といったベンゾジアゼピン系の薬剤が有用となることも考えられます。

また睡眠に関わるホルモンへの効果により睡眠周期を整えるラメルテオン(商品名:ロゼレム®)、従来の睡眠導入薬とは異なる作用により催眠効果をあらわすスボレキサント(商品名:ベルソムラ®)も睡眠障害の改善が期待できる薬です。一般的には抗うつ薬に分類されるミアンセリン(商品名:テトラミド®)やトラゾドン塩酸塩(主な商品名:デジレル®、レスリン®)などがせん妄を伴う睡眠障害などの改善に使われたり、クエチアピン(主な商品名:セロクエル®)などの抗精神病薬を就寝前に睡眠薬などと一緒に使うケースなどもあります。

その他の周辺症状改善薬

上記に挙げた薬以外ではアマンタジン(主な商品名:シンメトレル®)などが使われる場合も考えられます。

アマンタジンは元々抗ウイルス薬でもあり、またパーキンソン病の治療を目的に開発された薬ですが、認知症治療においては患者を活性化させるなど陰性症状への効果が期待できるとされています。歩行などの改善にはレボドパ製剤(主な商品名:ネオドパストン®、メネシット®)などの主にパーキンソン病の治療薬として使われている薬が選択肢となる場合もあります。

ニセルゴリン(主な商品名:サアミオン®)は一般的に脳循環改善薬として脳梗塞後の後遺症などで使われていますが、認知症における陰性症状などの改善も期待できるとされています。

一方で怒りっぽいなどの陽性症状の改善にはチアプリド(主な商品名:グラマリール®)などが使われる場合が考えられます。チアプリドは脳梗塞後の後遺症に伴う攻撃的行為、精神興奮などの改善に対して保険承認されているため、認知症の陽性症状への使用がイメージしやすい薬ともいえます。

この他、次の漢方薬の欄でも紹介している抑肝散(ヨクカンサン)などの漢方薬が認知症の症状改善に有用となる場合もあります。

近年では米ぬかに含まれるフェルラ酸(商品名:フェルガード®など)が認知症治療に対して有用であることが認知症学会などで発表されています。このフェルラ酸を含む製品は「薬」ではなくあくまで「健康食品(サプリメント)」ではありますが、日本認知症予防学会においてレビー小体型認知症及び前頭側頭型認知症の情動機能の改善する可能性や軽度認知障害者の認知症移行に対する予防効果の可能性が有り得るとされるなど注目を集めています。

漢方薬

漢方薬の中には認知症の症状改善に効果が期待できるものがいくつかあります。漢方医学では一般的に個々の症状や体質などを「証(しょう)」という言葉であらわし、通常この証に合わせて適切な漢方薬が選択されます。

夜間せん妄、幻覚、妄想など認知症の周辺症状に対しての薬物治療では抗精神病薬などの精神神経系に作用する薬が一般的に使われますが、副作用として眠気、ふらつき(転倒)などがあらわれやすくなることもしばしばです。また抗精神病薬の中には糖尿病パーキンソン病などの基礎疾患を持っている場合、これらの病態を悪化させる可能性がある薬剤もあります。一般的に漢方薬ではこれらの懸念が少ないということも有用とされる理由のひとつになっています。

ここでは認知症の症状改善に効果が期待できる漢方薬をいくつか挙げてみていきます。

◎抑肝散(ヨクカンサン)/抑肝散加陳皮半夏(ヨクカンサンカチンピハンゲ)

抑肝散の元々の効能・効果は神経症、不眠症、小児夜なき、小児疳症です。

この漢方薬は、体力中等度の人で神経過敏で興奮しやすく、怒りやすい、イライラする、眠れないなどの精神神経症状を訴えるような証に対して適するとされています。

抑肝散の方剤名にある「肝」は「怒り」などをあらわす言葉で「怒りを抑える薬=抑肝散」というのが名前の由来とされています。

神経症や不眠症でおこる症状の不眠、イライラ、落ち着きがない、などは認知症にも通ずる症状であり、認知症の症状の中でも特に周辺症状に効果が期待できるとされています。

抑肝散を研究している方などの言葉を借りるなら「人格が丸くなる薬」とのことです。

漢方薬の作用にはまだまだはっきりとわかっていない部分も多くありますが、近年ではエビデンス(科学的根拠)に関する研究も行われ徐々に解明されてきているものもあります。

抑肝散においては周辺症状に関連するとされる脳内における神経伝達物質であるセロトニンの機能低下に対する改善作用などが明らかになってきています。また神経活動の興奮抑制に関わるセロトニンへの作用や興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸への作用が明らかにされてきています。

抑肝散の使用にあたり注意したいのは、興奮などを抑える作用をあらわす一方で、過度に鎮静(過鎮静)することによる日中の眠気、ふらつきなどがおこる可能性があることです。ただし、この場合でも処方医と相談した上で服用量の調節などを行うことで多くは解消できるとされています。

抑肝散加陳皮半夏(ヨクカンサンカチンピハンゲ)はその名前の通り、抑肝散に生薬の陳皮(チンピ)と半夏(ハンゲ)を加えた漢方薬です。陳皮は健胃作用や中枢抑制作用などが期待でき、半夏は抗ストレス作用、鎮静・鎮痛作用、鎮吐作用などが期待できるとされる生薬成分です。これらのことからも抑肝散加陳皮半夏は抑肝散が適するとされる証よりも比較的体力が低下していて慢性化したような証に適する漢方薬とされています。

◎釣藤散(チョウトウサン)

元々は慢性的な頭痛や高血圧の傾向があるような人で、頭痛の他、肩こり、めまいなどを症状として訴える場合に使う漢方薬です。 「高血圧」という言葉からも血管系に対しての有効性が期待できそうなイメージが湧きますが、これは釣藤散の薬効として血圧上昇抑制作用、脳血流量の保持作用(脳血流減少が抑制される)などが期待できることからも考えられます。 構成生薬のひとつである釣藤鈎(チョウトウコウ)は先ほどの抑肝散にも含まれる生薬で、脳の細胞を保護する作用、睡眠を延長する作用、精神安定作用、学習記憶改善作用などをあらわすとされ、これらの作用によりアルツハイマー型認知症脳血管性認知症などへの効果が期待できるとされています。

◎当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)

元々は全身倦怠感、頭痛、めまい、肩こりなどを伴う更年期障害、月経不順、貧血などがあり、疲労しやすく冷えがあるような証に対して適するとされる漢方薬です。

一般的に婦人科領域で使われることが多い漢方薬ではありますが、血(血液や血流など)の働きを助け水分代謝や胃腸の働きを改善するなど、男女問わず使われる場合もあります。

主薬のひとつである当帰(トウキ)は抑肝散にも含まれている生薬で、一般的に血の巡りをよくする生薬とされ、中枢を抑制する作用、降圧作用、末梢血管を拡張する作用などをあらわすとされています。また芍薬(シャクヤク)には末梢血管の拡張作用や記憶学習障害の改善作用などが期待できるとされています。

これらの作用により当帰芍薬散は脳血管性の認知症などの症状改善に効果が期待できるとされています。

◎黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)

元々は比較的体力があり(体力中等度もしくはそれ以上)で、のぼせ気味で顔色が赤く、精神不安、不眠、イライラなどの精神神経症状を訴えるような人に適するとされる漢方薬です。

漢方薬の中でも服用の際、比較的苦味を感じやすい漢方方剤のひとつですが、有用性は高く、用途も胃炎、二日酔い、高血圧、不眠症、ノイローゼ、めまい、湿疹皮膚炎など多岐に渡ります。

構成生薬の黄芩(オウゴン)、黄連(オウレン)、黄柏(オウバク)は血圧を下げる作用や中枢抑制作用などをあらわすとされ、黄連解毒湯は脳血管性認知症などの症状改善に効果が期待できるとされています。

◎その他の漢方薬

その他、脳血管性認知症などへ桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン)、アルツハイマー型認知症脳血管性認知症などへ加味帰脾湯(カミキヒトウ)などが使われる場合も考えられます。またアルツハイマー型などの一般的な認知症とは異なりますが、頭の打撲などをきっかけに脳を覆う膜と脳との隙間に血液が溜まることで認知症に類似した症状があらわれる慢性硬膜下血腫に対して五苓散(ゴレイサン)という漢方薬が使われる場合もあります。

◎漢方薬にも副作用はある?

一般的に安全性が高いとされる漢方薬も「薬」の一つですので、副作用がおこる可能性はあります。

例えば、生薬の甘草(カンゾウ)の過剰摂取などによる偽アルドステロン症(偽性アルドステロン症)や黄芩(オウゴン)を含む漢方薬でおこる可能性がある間質性肺炎や肝障害などがあります。しかしこれらの副作用がおこる可能性は非常に稀であり、万が一あらわれても多くの場合、漢方薬を中止することで解消されます。

また漢方医学では個々の症状や体質などを「証(しょう)」という言葉であらわしますが、漢方薬自体がこの証に合っていない場合にも副作用があらわれることは考えられます。

ただし、何らかの気になる症状が現れた場合でも自己判断で薬を中止することはかえって治療の妨げになる場合もあります。もちろん非常に重い症状となれば話はまた別ですが、漢方薬を服用することによってもしも気になる症状が現れた場合は自己判断で薬を中止せず、医師や薬剤師に相談することが大切です。

4. 薬物療法の注意点

認知症の中核症状や周辺症状への薬物療法は簡単ではありません。まず背景として認知症は、臓器の機能が低下して薬の副作用が出やすい高齢者に多いという特徴があります。特に周辺症状に用いる抗精神病薬や抗不安薬、睡眠導入薬などの副作用は要注意です。このため薬物治療では薬を少量から始めて効果とともに副作用も注意深く見ていく必要があります。家族の人など介護する人は日頃から患者さんに接することが多いので副作用が起きたときにいち早く発見できる可能性があります。副作用の発見にはどのような副作用が現れるかを把握しておくことが有利になります。副作用の種類や起こりやすい時期などについて医師や薬剤師からの説明をしっかり聞いて理解しておくことが大切です。

副作用以外にも薬物治療には注意点があります。それは薬の管理です。認知症でまだあまり進行していない時期は患者さんが自分で薬の管理をできそうに周りの人が思うかもしれません。しかし認知機能が低下すると薬を飲んだことや服用すべき量を忘れてしまったり、薬を決められた量よりたくさん飲んでしまう可能性もあり危険です。認知症と診断された後には服用する薬は可能な限り家族などが管理をしてさらに患者さんの手の届かない範囲に保管しておくほうが望ましいと考えられます。

5. 認知症の非薬物療法

認知症では薬を使わない治療も進行をできるだけ緩やかにするために用いられます。薬を使わないので非薬物療法と呼ばれることもあります。

非薬物療法は精神的な安定も図るためにまず選ばれることも多いです。薬物療法と比べて最も優れているのは治療による副作用などを避けることができる点です。非薬物療法はいくつかありますがここでは代表的なものを5つ紹介します。

参考文献
・辻省次ほか/編, 認知症神経心理学的アプローチ, 中山書店, 2012
・水野美邦/編, 神経内科ハンドブック, 医学書院, 2016

リアリティ・オリエンテ−ション

認知症の症状に場所や時間がわからなくなる見当識障害がありますが、リアリティ・オリエンテーションは見当識障害の改善などの目的に使われます。

リアリティ・オリエンテーションは2つの方法があります。1つは定型リアリティ・オリエンテーションというものでもう1つは、非定型リアリティ・オリエンテーションまたは24時間リアリティ・オリエンテーションと呼ばれるものです。以下でそれぞれについて詳細に解説します。

■定型リアリティ・オリエンテーション

定型リアリティ・オリエンテーションは、少人数のグループをつくりスタッフが進行役を努めて見当識を伝えていきます。一人ひとりに名前や日付、場所などの情報を提供していきます。

■非定型リアリティ・オリエンテーション(24時間リアリティ・オリエンテーション)

非定型リアリティ・オリエンテーションは、定型リアリティ・オリエンテーションとはことなりあらたまった機会を設けずに日常生活などの中で見当識を教えていきます。例えば、食事の介助をしながら「今日は子供の日だから5月5日ですね」「ここは◯◯という場所ですね」という風に伝えていきます。

■リアリティ・オリエンテーションでの見当識の伝え方の注意点

リアリティ・オリエンテーションで見当識を伝える際にスタッフが注意することは、回答する患者さんが間違わないような工夫をして質問することです。これを「誤りなし学習」といいます。認知症の人は、質問に対して間違えることに強い恥意識をもってしまい意欲を失ってしまうことがあります。これを避けるために質問に対してヒントを散りばめたりより答えやすい問い方をするなどの配慮をします。このような考えの上で「誤りなし学習」は行われます。見当識をただ答えさせて伝えるだけではかえって患者さんにとってストレスを与えるだけになることも懸念されるので「誤りなし学習」を意識することはとても大切です。

■リアリティ・オリエンテーションに期待できる効果

スタッフが患者さんに日付や場所などを伝えるリアリティ・オリエンテーションはどんな効果が期待できるのでしょうか。

  • 認知症の進行を遅らせる 
  • コミュニケーションの能力が向上する

繰り返し見当識を伝えることで認知機能が維持されることが期待できます。見当識障害を改善することにより周りの状況や自分がいる場所などを把握することができるので見当識障害によっておこる不安などの解消にも役立つと考えられています。

■リアリティ・オリエンテーションは家庭でもできる

リアリティ・オリエンテーションはケアハウスなどで行われることが多いのですが家庭でも取り入れることができます。例えば着替えや食事などを介助しているときなどを利用して行うことも可能です。

回想法

回想法は、思い出を語ることで認知症の進行を遅らせかつ自尊心やコミュニケーション能力も回復させる方法です。認知症の人は少し前のことを記憶する力が低下していますが、昔の記憶については憶えていることが多く、回想法はこの特徴を活かした治療です。

■回想法の方法

回想法は1対1で行われることもありますが基本的にはグループで行われることが多いです。1対1は家庭でも行うことができるので生活に取り入れることは有効かもしれません。

回想法にも様々な種類があり自らの人生を時系列に沿って思い出す方法とテーマのもと自由に思い出す方法の2つがあります。やりやすい方法で始めてみると良いでしょう。ここではテーマを決めて行う方法について解説します。

テーマの選択は重要ですが、漠然としているとかえって難しくなることがあるので以下のように少し絞った内容をテーマとして選ぶとよいと思います。

  • 小・中・高校時代
  • 昔熱心にしていた趣味
  • 恩師との出会い
  • 子供のころ好きだった食べ物

回想法の注意点は、苦痛に満ちた過去を思い出すことを要求されると精神的な苦痛になりうつや不安を誘発することです。例えば「出産や子供」というテーマは一見幸せそうなものに思えますが、全ての人にとって幸せであるとは限りません。子供がいない場合もありえますし、死別してしまっていることも有りえます。テーマの設定にはある程度その人のプロフィールなどを確認した上で選ぶのがよいでしょう。

また患者さんが答えやすいような工夫も大切です。例えば小学生時代がテーマで始めた場合、何を話してよいのかわからずにいるときは、「小学生のときは何の授業が楽しかったですか?」と少し絞ったテーマにして助け舟を出すことも有効です。

また質問の答えに詰まったときには無理に聞き出そうとすることは避けます。質問の内容が答えたくない内容であったりすることがあるからです。その場合は質問の内容を変えたりするのがよいと考えられます。

患者さんの話が始まると基本的には周りの人は聞くことに徹します。間違いについても基本的には訂正は行いません。

■回想法に期待できる効果

回想法は、認知機能の改善だけではなく過去の自分を振り返ることで「自分の人生は充実している」「自分はこんなにも周りの人に愛されていたんだ」と実感して失われていた自信を取り戻すこともあります。認知症の人は認知機能の低下とともに認知症であることを恥ずかしく思ったりして自信をなくしていることも多いので回想法は認知機能の面と精神的な面の両方にアプローチできるので理にかなっているといえます。

認知刺激療法

認知刺激療法は、言語機能や記憶機能を刺激して認知機能そのものを活性化することを狙いとした方法です。具体的には、週2回、1回45分の時間で言葉の連動ゲームやもの当てクイズ、最近の出来事を話すなどの方法があります。

認知刺激療法の効果を検証した研究は少ないのですが、認知刺激療法を行った後には認知機能などによい影響を与える報告もありその効果が期待されます。他の研究を統合した調査でも認知刺激療法を行うことで認知機能の改善や生活の質が向上したとしているものがあります。

さらなる調査や最も効果の高い方法などについての検討などは必要ですが、認知機能を刺激するという手段は認知症の進行に対して有効な可能性が示唆されます。

参考文献
・Aguirre E, et al. Maintenance Cognitive Stimulation Therapy (CST) for dementia: a single-blind, multi-centre, randomized controlled trial of Maintenance CST vs. CST for dementia, Trials. 2010;11:46-55.
・Spector A, et al. Cognitive stimulation for the treatment of Alzheimer's disease. Expert Rev Neurother. 2008;8:751-7
・Aguirre E, et al. Cognitive stimulation therapy (CST) for people with dementia--who benefits most?. Int J Geriatr Psychiatry. 2013 Mar;28(3):284-90.

運動療法

運動療法は、軽いウォーキングなどの有酸素運動を中心として用いた方法です。運動療法には感情の安定化や日常生活動作の維持や向上などが期待でき、運動療法を行った場合、身体機能、運動機能さらに認知機能も向上したという報告があります。

認知症というとどうしても記憶や判断力などの認知機能に目が行きがちになりますが、介護をする立場から考えると身体の機能がどれくらい保てているかも重要です。身体の問題などから運動療法が難しい場合もありますが、そのときには椅子に座った状態や寝た状態でもよいので手や足を動かす動作を取り入れてみてください。

参考文献
・Heyn P, et al. The effects of exercise training on elderly persons with cognitive impairment and dementia: a meta-analysis. Arch Phys Med Rehabil.2004;85(10):1694-704

芸術療法

芸術療法は、絵画や音楽、書道などを通じて心身機能の活発化や日常生活動作の維持や向上を狙った方法です。表現する喜びや出来上がった際の達成感など他の方法とは異なった感情の動きが現れるのが特徴です。

これといった方法は決まってはおらず、例えば絵画を書くにしても一人ひとりで取り組む場合や数人による共同作業を行う場合もあり多様です。

芸術療法においては現在のところどの程度認知機能を回復するかなどの科学的な証拠はまだありません。今後、芸術療法について検討が行われて本当の効果が明らかになるかもしれません。

芸術療法の注意点としては、参加する人に無理強いをしないことです。絵をかいたり歌をうたうなどの行為は個人による得手不得手が大きく、あまり上手ではなく避けている人も中にはいます。そんな場合には他の方法を試してみるなどの方法を検討することも必要になります。

参考文献
van der Steen JT, et al. Music-based therapeutic interventions for people with dementia. Cochrane Database Syst Rev. 2017 May 2;5(5):CD003477