へりこばくたーぴろりかんせんしょう
ヘリコバクター・ピロリ感染症
胃の粘膜にピロリ菌が感染した状態。胃腸などの様々な病気の原因となることが分かっている。抗生物質などを使って治療可能
16人の医師がチェック 168回の改訂 最終更新: 2024.02.20

ヘリコバクター・ピロリ感染症の原因とは

ヘリコバクター・ピロリ感染症は、ピロリ菌と呼ばれる細菌が胃の粘膜に感染することで引き起こされます。ピロリ菌が感染した人は「ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎」と呼ばれる胃炎の状態となります。ピロリ菌は人から人へ感染する細菌で、日本では衛生環境が整備されるにしたがって感染率が低下しています。

1. ヘリコバクター・ピロリ菌について

ヘリコバクター・ピロリ菌(Helicobacter pylori)はらせん形をした細菌で、長さ約3.5μm(マイクロメートル:1mmの1000分の1)、幅約0.5μmの大きさです。菌体の端に2-7本の鞭毛(べんもう)と呼ばれるヒゲのようなものが付いており、鞭毛を動かして液体の中を移動します。動物の胃に生息する細菌で、グラム陰性桿菌という種類に分類されます。胃の中には強力な酸である胃酸があるため普通の細菌は生き残ることができません。ピロリ菌は「ウレアーゼ」と呼ばれる酵素を作り出して自分の周りの胃酸を中和することで胃の中で生きのびています。

ピロリ菌は1982年にMarshall博士とWarren博士によって発見されました。ピロリ菌が発見された当時、ほとんどの医学者は胃の中に細菌が住めるわけがないと考え、ピロリ菌の存在を信じようとしませんでした。そこでMarshall博士は自らピロリ菌が入った液体を飲み込み、実際に胃潰瘍になることを証明したと言われています。この功績で2人は2005年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

2. ヘリコバクター・ピロリ菌の感染経路と感染率について

ピロリ菌はピロリ菌を保有している人から人へ感染すると言われており、衛生環境が不十分な地域では不衛生な水や食べ物から感染します。大部分は乳幼児期に感染が起こります。日本では生活環境の整備が進んだことからピロリ菌の感染率は年々低下しています。

ピロリ菌を持つ人から人へ感染、不衛生な水や食べ物から感染

ピロリ菌は人から人へ感染する細菌と言われています。家族内で感染が起こることが多く、両親や祖父母から子どもに感染が起こります。日本の研究では子どもと両親のピロリ菌の遺伝子が一致することが多いと報告されており、家族内感染を示すデータと考えられます。

衛生環境が整っていない国や地域では、不衛生な水や食べ物からピロリ菌感染が起こります。このような場所ではピロリ菌に感染している人の割合が多いため、家族内感染だけでなく家族以外の人との交流の中でピロリ菌に感染することがあります。その他に、住宅が密集している、一つの家に住んでいる人数が多い、兄弟が多い、ベッドを共有している、上下水道が整備されていない、などがピロリ菌感染を起こしやすい条件と言われています。

乳幼児期に感染する

日本や海外の研究から、ピロリ菌は乳幼児期に感染することが分かっています。青少年や成人してからの感染は少ないと言われています。

近年は感染率が減少している

日本では戦後の経済成長と衛生環境の改善により、年々ピロリ菌感染者が減っています。

ピロリ菌の感染率は70歳以上の人で40%超、40歳代で約20%、30歳代で約10%です(2020年現在)。それよりも若い世代ではさらに感染率が低いことが予想されます。

3. ヘリコバクター・ピロリ菌が原因になる他の病気について

ピロリ菌に感染した人はほとんど全員が慢性胃炎萎縮性胃炎)の状態となります。萎縮性胃炎の人は胃がんになりやすいことが分かっており、他にも胃・十二指腸潰瘍が起こりやすくなります。一方、全員がなるわけではないものの、ピロリ菌感染が原因で起こることが分かっている病気があります。

それぞれについて簡単に解説します。

胃潰瘍、十二指腸潰瘍

胃潰瘍十二指腸潰瘍の二大原因はピロリ菌感染と消炎鎮痛薬(NSAIDs)と考えられています。潰瘍の発生リスクはピロリ菌感染があると18倍、NSAIDsを内服していると19倍になり、両方があると61倍になると報告されています。ピロリ菌の除菌治療を行うことで潰瘍の再発が抑えられることが分かっており、過去に胃潰瘍十二指腸潰瘍を経験したことがある人では特に除菌治療がすすめられます(詳しくはこちらのコラムでも説明しています「ピロリ菌とNSAIDsでリスクが61倍! 胃・十二指腸潰瘍の原因と予防法について」)。

胃がん

日本における胃がんの原因のほとんどはピロリ菌感染による慢性胃炎萎縮性胃炎と言われています。ピロリ菌に感染している人は感染していない人に比べて15倍以上胃がんになりやすいというデータもあります。ピロリ菌の除菌を行うことで胃がんのリスクを低下させられることが分かっています(詳しくはこちらのコラムでも説明しています「ピロリ菌を除菌すると本当に胃がんを予防できるのか?」)。

胃過形成性ポリープ

過形成性ポリープは主にピロリ菌が感染した胃粘膜に発生する、やや赤みの強いポリープです。サイズの大きいものでは化のリスクがあると言われており、またポリープからの出血が起こることもあります。ピロリ菌を除菌することで過形成性ポリープの約7割が縮小したり消失することが分かっています。

胃MALTリンパ腫(マルトリンパ腫)

胃MALTリンパ腫は悪性リンパ腫の一種で、胃粘膜のリンパ球B細胞)が腫瘍化する病気です。非ホジキンリンパ腫に分類され、比較的病状の進行が遅く悪性度は低い腫瘍です。胃MALTリンパ腫の人の半数以上にピロリ菌感染が合併していると言われています。腫瘍が胃だけにとどまっている場合(限局期)には、ピロリ菌除菌を行うことで60-80%の人でリンパ腫が寛解(腫瘍が縮小したり消失すること)します。

特発性血小板減少性紫斑病(ITP)

特発性血小板減少性紫斑病ITP, Idiopathic thrombocytopenic purpura)は、血小板を攻撃する抗体ができてしまうことで、血液中の血小板の数が減ってしまう病気です。ピロリ菌陽性のITP患者さんではピロリ菌除菌を行うことで血小板の数が増加することが分かっており、まず行うべき治療(第一選択治療)とされています。

鉄欠乏性貧血

鉄欠乏性貧血は、鉄分の摂取不足や吸収障害、出血などにより身体の中の鉄が減少し、赤血球の主成分であるヘモグロビンが作られなくなることで貧血を起こす病気です。詳しいメカニズムはまだ分かっていませんが、ピロリ菌感染がある人では鉄欠乏性貧血が起こりやすいというデータがあります。鉄欠乏性貧血の治療として一般的に行われる鉄剤の内服に加えて、ピロリ菌除菌を行うことで貧血の改善効果が高くなると言われています。

ピロリ菌感染と関連があると言われている病気

上記の他に、ピロリ菌感染と関係があるのではないかと言われている病気には次のようなものがあります。

これらの病気とピロリ菌の関連については現在も研究が進められています。

参考文献

・日本ヘリコバクター学会ガイドライン作成委員会, 「H.pylori感染の診断と治療のガイドライン2016改訂版」, 先端医学社, 2016
・UpToDate Bacteriology and epidemiology of Helicobacter pylori infection (Last updated: Aug 01, 2018)
・日本消化器病学会:「ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎」に対する除菌治療に関するQ&A一覧

(2020.5.8閲覧)