はいそくせんしょう(えこのみーくらすしょうこうぐん)
肺塞栓症(エコノミークラス症候群)
手足の静脈に血栓ができ、血管の中を流れて肺の血管に詰まってしまう病気。呼吸が苦しくなったり、場合によっては命に関わる
21人の医師がチェック 213回の改訂 最終更新: 2020.07.29

肺塞栓症の治療について:薬物療法、カテーテル治療など

肺塞栓症は、心臓から肺に血液を送り出す肺動脈血栓が詰まってしまう病気で、命に関わることも少なくありません。治療では抗凝固薬という血液をサラサラにする薬が主役となります。ここでは抗凝固薬を中心とした薬物治療や、その他の治療法、予防法を解説します。

1. 薬物治療

肺塞栓症は、心臓から肺に血液を送り出す血管(肺動脈)に血栓が詰まることで起きる病気です。脚などの静脈に血栓ができる「深部静脈血栓症」という病気によって生じた血栓が、血流に乗って肺動脈まで流れ着くことで発症します。心臓や肺といった重要な臓器の機能に問題が生じるため、突然死することもある危険な病気と言えます。また、一時的に症状が安定していても、さらなる血栓が下半身から流れてくることによって状態が急変することがあります。そのため、なるべく早期に治療を受ける必要があります。

薬物治療の方針

肺塞栓症の治療では、血液をサラサラにする薬(抗凝固薬)を用いて血栓が消えていくのを待つのが基本戦略となります。命に危険が及ぶこともある病気なので基本的には入院での治療が必要となりますが、軽症であれば1週間程度の短期入院で内服薬での治療を続けたまま退院できることもあります。

何か一時的な原因があって肺塞栓症を発症した人には、3ヶ月を目安に抗凝固薬が使われます。「一時的な原因」としては飛行機に乗っていて発症(エコノミークラス症候群)した場合や、妊娠に伴って発症した場合などが含まれます。肺塞栓症を発症した原因がはっきりしない人や、根治困難ながんに伴って発症した人のように、一時的でない原因では3ヶ月以上の薬物治療が検討されます。

上記のように肺塞栓症治療の主役は抗凝固薬です。しかし、命の危険が差し迫っているような重症の人には、ただちに血栓を溶かす「血栓溶解療法」という薬物治療が行われることもあります。血栓溶解療法は出血などの重大な副作用も心配されるため、基本的には重症の人にのみ使用されます。

以下では肺塞栓症の薬物治療で用いられる薬剤について説明していきます。

抗凝固療法

抗凝固薬は血が固まるのを防ぐ薬の一種です。既にできてしまった血栓を直接溶かすわけではありませんが、新規の血栓ができないようにします。既にできてしまった血栓は自身の血液中の成分で少しずつ溶かされていきます。以下に肺塞栓症の治療で使われる抗凝固薬を列挙します。

【肺塞栓症治療に使われる抗凝固薬】

家で自分で注射する方法もあるものの、注射薬は原則として入院して使用されます。そのため、内服ができる状態の人であれば最初の1週間くらい注射薬を使用した後に、内服薬へ切り替えて退院を目指す方法がよく行われます。また、内服でも効果が出始めるのが早いため、注射薬を経ないで治療の最初からイグザレルトやエリキュースといった内服薬を使い始めることもあります。ただし、妊娠中は内服の抗凝固薬が胎児に悪影響を与える可能性が指摘されています。したがって、胎盤をあまり通過せず胎児への影響が少ないと考えられるヘパリンでの治療が継続されることが多いです。この場合は長期にわたってヘパリンの注射を行うことになりますが、退院できる場合には患者さん自身で皮膚にヘパリンを毎日注射します(自己注射)。

抗凝固薬には複数の種類がありますが、注射薬間、内服薬間での明確な優劣については、さほどデータが多くありません。そのため、患者さんの病状・合併症やライフスタイル、担当医の経験、薬価などによって総合的に治療薬が決められます。以下に各薬剤の主な特徴をまとめます。

【ヘパリン:注射薬】

  • 持続点滴で使用することが多いが、皮下注射することもある
  • 胎盤をあまり通過しないため胎児への影響が少なく、妊婦でも使用できる
  • 効き具合を採血でチェックする必要がある(APTTという値を確認)
  • 効きすぎた場合にはプロタミンという薬で効果を打ち消せる
  • 手術後の血栓対策として予防的に使うことも可能で、その場合は低分子ヘパリンという分類に含まれるエノキサパリン(商品名:クレキサン®)を1日2回皮下注射で使う場合もある。低分子ヘパリンではAPTTのチェックは不要である

【フォンダパリヌクス(商品名:アリクストラ®):注射薬】

  • 1日1-2回の皮下注射で使用する
  • 効き目に個人差が少ないので、効き具合を採血でチェックする必要がない
  • 腎臓が悪い人は使えない
  • 効果や安全性についてはヘパリンとほぼ同等とされている
  • 効きすぎた場合に効果を打ち消す薬は使えない
  • 手術後の血栓対策として、予防的に使うこともできる

【ワルファリン:内服薬】

  • 昔から使用されており、使用データが豊富である
  • 通常は1日1回の内服となる
  • 内服を開始してからしっかりと効果が出てくるまで4-5日以上かかる
  • 他の内服薬よりも出血の副作用がやや多い
  • 効き具合を採血でチェックする必要がある(PT-INRという値を確認)
  • 効きすぎた場合にはビタミンKなどの薬で効果を打ち消せる
  • 手術後の血栓対策として、予防的に使うこともできる

【エドキサバン(商品名:リクシアナ®):内服薬】

  • 2014年から使用できるようになった比較的新しい薬である
  • 1日1回の内服となる
  • 体重や腎臓の機能などをみて内服量が決められる
  • 採血で効き具合をチェックする必要はない
  • 効きすぎた場合に効果を打ち消す薬は使えない
  • 手術後の血栓対策として、予防的に使うこともできる

【リバーロキサバン(商品名:イグザレルト®):内服薬】

  • 2015年から使用できるようになった比較的新しい薬である
  • 1日1回の内服となるが、飲み始めの3週間は1日2回の内服が必要となる
  • 採血で効き具合をチェックする必要はない
  • 効きすぎた場合に効果を打ち消す薬は使えない

【アピキサバン(商品名:エリキュース®):内服薬】

  • 2015年から使用できるようになった比較的新しい薬である
  • 1日2回の内服が必要となる
  • 採血で効き具合をチェックする必要はない
  • 効きすぎた場合に効果を打ち消す薬は使えない

血栓溶解療法

上記で説明の通り、肺塞栓症治療の主役は抗凝固薬です。しかし、抗凝固薬は血液をサラサラにしてさらなる血栓が作られないようにするだけで、既にできてしまった血栓をすぐに溶かす作用はありません。抗凝固薬を使用して血栓が次第に溶けていくのは、自身の血液中に含まれる成分が働いているためなのです。そこで、既にできた血栓を速やかに溶かしてくれる「組織プラスミノーゲンアクチベータ(t-PA)」のいう系統の薬が使われることがあります。肺塞栓症治療で使われるのは、具体的にはモンテプラーゼ(商品名:クリアクター®)という注射薬です。こうした薬を治療する方法は「血栓溶解療法」と呼ばれます。ところが血栓溶解療法は強力な治療なので、血栓を溶かす一方で出血が止まらなくなる問題が起こることが心配されます。したがって、肺塞栓症によって全身の血液がうまく循環せず命の危険が差し迫っているような重症の人でのみ血栓溶解療法が検討されます。

2. 理学療法

肺塞栓症治療において主役となるのは、血液をサラサラにする「抗凝固薬」です。一方で、脚や骨盤内に残っている血栓の悪化や再発を物理的に防ぐ方法もあわせて行われます。以下では運動療法と圧迫療法について解説します。

運動療法(歩行、リハビリ)

歩くなどの軽い運動、リハビリを行うと脚の筋肉が刺激されます。そのため筋肉がポンプとして働き、脚の静脈で血液の流れが良くなる効果が期待できます。それにより下半身の血栓が悪化しにくくなることが期待されますが、既にある血栓が心臓・肺に流れて肺塞栓症を悪化させることも懸念されます。肺塞栓症と診断された人は、いつからどの程度の運動をしてよいのか担当のお医者さんに確認したうえで、推奨された人は歩行などの軽い運動を行うようにしてみてください。なお、手術後で動けない人や、寝たきりの患者さんなどでは、脚を高く上げる、足首を反らせる、脚をマッサージするなどのリハビリが行われます。

圧迫療法(弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法)

脚を持続的に圧迫すると、静脈の断面積が減ることで静脈の血流が速くなります。そのため血液がうっ滞しにくくなり、脚に血栓ができにくくなることが分かっています。

弾性ストッキングは弾力性を持った特殊なストッキングです。手術の前後など、あまり動かなくなって血栓ができやすくなる時期には終日着用しておくことが推奨されます。大きな病院の売店であれば売っていることが多く、価格は1,000円から2,000円台のものが主流です。

弾性ストッキングの注意点として、圧迫によって皮膚の血流が悪くなったり、皮膚がかぶれたりすることがあります。皮膚に痛みや違和感のあるときは、お医者さんに相談してください。

間欠的空気圧迫法(フットポンプ)は脚を自動でマッサージしてくれる医療機器を用いる方法です。特に血栓ができやすい人の手術前後などで使用されることが多いです。

3. カテーテル治療

上で説明の通り、肺塞栓症治療の主役は抗凝固療法であり、重症の人には血栓溶解療法が検討されます。しかし抗凝固療法や血栓溶解療法が効かない、あるいは出血の危険が大きくこれらの治療ができない人もいます。そこで、詰まった血栓を物理的に回収してくる、あるいは血栓のすぐ近くに血栓を溶かす薬を注入する、という治療を行うことがまれにあります。

カテーテル治療では脚の付け根、首、腕などの血管からカテーテルという管を挿入して、血栓がある部位まで管を届かせます。これによって胸を切り開くことなく、心臓や肺の血管内での治療を行うことができます。以下では主なカテーテル治療について説明します。

経カテーテル血栓溶解/血栓除去療法

経カテーテル血栓溶解/血栓除去療法は、カテーテルを通して血栓に対する処置をする方法です。まず、詰まっている血栓の近くまでカテーテルの先端を届かせます。そして、血栓溶解療法で使われる組織プラスミノーゲンアクチベータ(t-PA)という薬をカテーテルを通して注入するのが経カテーテル血栓溶解療法です。また、カテーテルを通して血栓を破砕したり吸引して物理的に除去する方法もあり、これを経カテーテル血栓除去療法といいます。

いずれの方法も高度な熟練した技術が要求されるため、実施できる医療機関は多くありません。また、熟練したお医者さんが行っても、身体の負担が大きく、大出血したり血管が傷ついてしまうリスクはあり、あまり多く行われる治療方法ではありません。

下大静脈フィルター

下大静脈は、脚や骨盤内を流れる静脈が合流して心臓へと還っていく太い血管です。お腹から胸にかけて、背骨のやや右側に存在します。脚や骨盤の静脈にできた血栓が心臓・肺へと流れて肺塞栓症を起こす際には、血栓はこの下大静脈を通ることになります。そこで、血液は通れるが血栓は通れないフィルターをカテーテルを用いて下大静脈に設置することで、肺塞栓症を起こしにくくすることができます。あるいは既に肺塞栓症がある人では、さらなる血栓が流れてきて詰まるのを予防することができます。

しかし、この治療は肺塞栓症の患者さん全員に行われるわけではありません。肺塞栓症は予防されますが、血栓自体はむしろできやすくなる、フィルターが動いてしまったり破損しうる、下大静脈が破れてしまう、などのトラブルも起こりうるからです。したがって、抗凝固療法をしっかり受けられる人では、下静脈フィルターが使われるケースは多くありません。例えば脳出血合併していて抗凝固薬を使用するのが危険な人や、抗凝固療法をしていても血栓が大きくなってくる人などで下静脈フィルターによる治療が考慮されます。

4. 外科手術

命の危険が差し迫っている重症の人で血栓が大量に詰まっており、かつ抗凝固療法・血栓溶解療法が効かないあるいは何らかの理由でできないなどの人には、外科手術が検討されます。実際の手順としては、まず人工心肺装置を使って血液が心臓や肺に回らないようにしたうえで、肺の血管を切り開いて血栓を除去します。かなり大掛かりでリスクも大きい手術になるため、熟練した心臓外科医を中心としたチームが必要とされます。肺塞栓症患者さんのうち、このような外科手術を受けることになる人はほんの一握りです。

参考文献:肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン(2017年改訂版)

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