きゅうせいだいどうみゃくかいり
急性大動脈解離
心臓から出る、身体の中の一番大きな血管(大動脈)が、裂けてしまった状態。命に関わることが多く、しばしば緊急治療が必要となる
21人の医師がチェック 188回の改訂 最終更新: 2023.01.04

急性大動脈解離の治療について

急性大動脈解離の治療には主に薬物治療と手術の2つがあります。大動脈のうち上行大動脈に解離がある場合は、命の危険が差し迫っている状態なので緊急で手術が行われます。一方、上行大動脈に解離がない場合には手術をせずに様子をみます。このページでは急性大動脈解離の治療について詳しく説明します。

1. 急性大動脈解離の治療法はどのように選ばれるのか

急性大動脈解離の治療には手術と内科治療の2つがあります。手術では解離した大動脈を人工血管に置き換えます。一方内科治療では、薬で血圧の管理や痛みのコントロールを行い、解離の進行を抑えます。

急性大動脈解離の治療方法を検討するとき、「スタンフォード分類」というものがよく参考にされます。スタンフォード分類は大動脈解離が起こった部位によって、そのタイプを2つに分類したものです。

【スタンフォード分類】

  • スタンフォードA型:上行大動脈に解離があるもの
  • スタンフォードB型:上行大動脈に解離がなく、下行大動脈だけに解離があるもの

大動脈(上行大動脈と下行大動脈)

スタンフォード分類ごとに治療法を見ていきます。

スタンフォードA型

スタンフォードA型は命に危険が差し迫った状態です。救命には緊急手術が必要です。手術の準備が整うまでの間は内科治療によって解離の進行を抑え、準備でき次第迅速に手術が始められます

手術は治療である一方で、身体にとっては大きな負担です。負担に耐えられるだけの体力が備わっていないと、効果が得られないばかりか、命を縮めてしまうことにもつながってしまいます。このため、手術の前には身体が治療に耐えられるかどうかが十分に検討されます。手術が難しいと判断される条件には下記のようなものがあります。

手術に身体が耐えられない人や、手術をしても状態改善の見込みが非常に低いと考えられる人などには外科治療ではなく内科治療が検討されます。

スタンフォードB型

スタンフォードB型の人には手術ではなく内科的治療が選ばれます。主に薬による治療をしながら解離の進行がないかを確認します。基本的には手術を行わなくてもよいことが多いのですが、下記に当てはまる場合には、内科的治療のみでは命に危険が及ぶ可能性があるため手術が検討されます。

  • 大動脈が破裂している
  • 薬による治療を行っても強い痛みが続く
  • 臓器の血流が低下して、機能が低下している

ただし、上記に当てはまっても、前述と同様に手術に身体が耐えられないと考えられる人には内科的治療のみが行われます。

2. 内科治療(薬物治療を主体とした治療)

内科治療では主に血圧、脈拍、痛みの3つに対する治療が行われます。

血圧の治療

大動脈解離が起きた人の多くは血圧が高いです。高血圧の状態が続くと、解離が悪化したり、解離に伴う合併症が起こりやすくなります。このため、速やかに血圧を下げる必要があります。 解離が起こってすぐ(急性期:発症からおよそ2週間以内)は収縮期血圧上の血圧)を100-120㎜Hgの間に保つように、注射薬や飲み薬を使って血圧を下げます。また、状態が落ち着くまで継続して血圧変動の有無が観察されます。

退院したあとも、再発予防のために高血圧を避けます。退院後も自宅で血圧を測定したり、定期的に外来を受診したりして、血圧の変動がないかを確認します。

脈拍の治療

報告によると、脈拍数を抑えたほうが、その後の経過が良いことが分かっています。具体的には、発症から2週間以内の人は1分間あたりの脈拍数を60回未満にするのが望ましいです。ただし、発症から2週間以上経過している人への効果は不確かなため、脈拍の治療が行われないこともあります。

痛みの治療

大動脈解離では血管が裂けた影響で激しい痛みが生じます。

痛みが強いと血圧が上がりやすいので、鎮痛剤や鎮静剤によって痛みを取りきます。特に大動脈解離の発症から48時間以内は大動脈破裂が起こりやすいので、しっかりと安静を保つ必要があります。

3. 外科治療(手術)について

急性大動脈解離の手術の種類には、大きく分けて以下の3つがあります。

  • 大動脈を人工血管に置き換える手術:人工血管置換術
  • 大動脈弁の逆流に対する手術
  • 大動脈から枝分かれした血管の障害に対する手術

スタンフォードA型の人は心臓に近い部分に解離が生じているので、手術では胸を開く(開胸術)必要があります。一方で、スタンフォードB型の人では解離の箇所に応じて胸を開く場合もあれば、お腹を開く場合もあります。

次にそれぞれについて以下で詳しく説明します。

■人工血管置換術

人工血管置換術は、解離を起こした血管を切り取り人工血管に置き換える方法です。人工血管置換術を行うには心臓の動きを止めておく必要があります。そのため、手術中は機械(人工心肺装置)を使って、心臓や肺を介さずに全身に血液を送るようにします。 人工心肺装置とは、一時的に心臓と肺の働きを代わりに行ってくれる機械のことです。心臓の動きを止めている間、肺の代わりに人工心肺装置が血液中の酸素交換を行い心臓の代わりに身体に血液を送り出します。

■大動脈弁の逆流に対する手術

大動脈弁とは、大動脈と心臓の接続部分にある弁です。心臓から血液が送り出されるときには大動脈弁が開きます。心臓から血液が送り出された後は血液の逆流を防ぐために、大動脈弁が閉じます。

大動脈と心臓のつなぎ目まで大動脈解離が及ぶと、大動脈弁が壊れてしまい、心臓から送り出された血液が心臓に逆流してしまいます。大動脈弁の機能低下による逆流が考えられる場合には、手術で大動脈弁を修復するか、人工弁に置換します。

■大動脈から枝分かれした血管の障害に対する手術

大動脈からは各臓器に栄養を送る血管が枝分かれしています。大動脈解離によって大動脈が傷つくと、そこから枝分かれする血管の血流が低下して、臓器がダメージを受けます。臓器への血流が低下している場合には、血管を修復したり、人工血管に置き換えます。

手術を受けた後の入院生活について

急性大動脈解離の手術後は、一週間はベッドの上で安静となることが多いです。脳梗塞心不全などの合併症が起きていないかを確認し、1週間程度経ったら、身体を起こしたり、立ち上がったりする練習を行います。歩行は10日前後経ってから始めることが多いです。トイレや着替えなど、身の回りのことが自分でできるくらいに回復すれば退院が可能です。経過が順調であれば、手術から2週間から3週間後に退院することになる人が多いです。一方で、合併症が起こると入院期間が長期間に及ぶことがあります。

退院後の生活で気をつけることについて

退院後は血圧を安定させるように注意してください。具体的には、収縮期血圧(上の血圧)を130mmHg以下、拡張期血圧下の血圧)を80mmHg以下に保つようにします。必要に応じて降圧剤を服用したり、生活習慣を見直します。血圧上昇をまねく習慣には次のものがあります。

【血圧上昇をまねく習慣】

  • 喫煙
  • 暴飲暴食
  • 過労
  • 睡眠不足
  • 精神的ストレス
  • いきみ(排便時に力むこと)や咳込み
  • 重いものを持ち上げること

上記に当てはまるものがあれば、避けるようにする必要はありますが、外出を控えたり、座りっぱなしや寝たきりの生活を送る必要はありません。特に運動の制限はないので、無理のない範囲で身体は動かすようにしてください。手術のあと少なくとも2年間は、定期受診で行われる画像検査や血液検査で血管の状態や、合併症の有無などが確認されます。

参考文献

・「大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン 2020年改訂版」(2020.10.31閲覧)