いがん
胃がん
胃の壁の粘膜にできたがんのこと。ピロリ菌への感染や喫煙、塩分の多い食事などでリスクが上がる
24人の医師がチェック 326回の改訂 最終更新: 2024.11.08

抗がん剤治療で副作用が出たらどうする?漢方薬などの副作用対策

抗がん剤には副作用があります。しかし、新しい抗がん剤の開発、副作用の予防法や対処法の進歩などによって、抗がん剤による副作用はかなり抑えられるようになってきています。副作用が全く出ないということはありませんし、副作用の出方には個人差もあります。がん治療を行っていくにあたってつらい症状を減らし、生活の質(QOL)を維持することは非常に大切です。抗がん剤の副作用をケアする治療について説明します。 

抗がん剤治療の間には、がん自体の症状や抗がん剤の副作用として吐き気・嘔吐が現れる場合があります。吐き気に対しては吐き気を抑える薬が使われ、多くの場合で対策ができるようになっています。
がん患者にあらわれる悪心(吐き気)・嘔吐は、がん自体によっておこるもの、治療の副作用によるもの、治療により誘発される精神的なものなど色々な原因によって生じます。
中でも抗がん剤による悪心・嘔吐の発生は薬剤の種類などによっても異なりますが、決して少なくありません。悪心・嘔吐は患者にとって不快度が高い症状の1つであり、生活の質(QOL)の低下や、抗がん剤による治療のアドヒアランス(患者が積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って治療を受けること)にも大きな影響を与えます。
ここでは抗がん剤によって生じる悪心・嘔吐の分類と、どのようにして悪心・嘔吐が引き起こされるのかをみていきます。

抗がん剤によって生じる悪心・嘔吐は次のように分類されます。

  • 急性悪心・嘔吐
    • 抗がん薬の投与後、数時間以内に起こり24時間以内に消失するもの
  • 遅延性悪心・嘔吐
    • 抗がん薬の投与後、24時間以降に起こり、数日間続くもの
  • 予期性悪心・嘔吐
    • 以前に抗がん剤治療や放射線治療を受けた際に悪心・嘔吐を経験した場合、その不快な感情や記憶、治療への不安などによって次回以降の抗がん剤による治療の際、条件反射的に誘発されるもの
  • 突発性悪心・嘔吐
    • 適切な催吐予防の管理にもかかわらず、突然あらわれるもの

この分類は、悪心・嘔吐の症状が生まれる原因の違いに対応しています。原因に対応する薬を使うことで、効果的に治療ができます。


例えば、急性悪心・嘔吐の多くは、NK1(ニューロキニン1)受容体という物質を介して、脳に刺激が伝わるしくみで引き起こされたり、体内で生産される神経伝達物質セロトニンが5-HT3受容体という物質と結合することで起こるとされています。
そこでNK1受容体の作用を抑えるNK1受容体拮抗薬や5-HT3受容体の作用を抑える5-HT3受容体拮抗薬を使うことで症状が抑えられます。

NK1受容体拮抗薬のアプレピタント(イメンド®)及びホスアプレピタントメグルミン(プロイメンド®)などの新しい吐き気止めの開発や薬の組み合わせ(例えば、抗不安薬を併用する)などにより、遅延性の悪心・嘔吐や予期性の悪心・嘔吐もかなり抑えられるようになってきています。

近年では、新しい吐き気止めの開発や治療方法の進歩などにより、以前に比べてかなり悪心・嘔吐の発生を抑えられるようになってきました。
抗がん剤の催吐性(吐き気を催す作用)の程度は催吐性(さいとせい)リスクといって薬剤によって異なります。一般的に、催吐性リスクが中等度以上(中等度及び高度)の抗がん剤を使用する場合には急性嘔吐を未然に防ぎ遅延性の嘔吐を抑えるため、複数の制吐薬を用いた制吐療法が行われます。

高度催吐性リスクの主な抗がん剤はシスプラチンなどです。
また複数の抗がん剤を併用する化学療法も高度催吐性リスクとなる場合があります。

高度の催吐性リスクの抗がん剤に対しては、主にアプレピタント(またはホスアプレピタントメグルミン)、5-HT3受容体拮抗薬、デキサメタゾン(ステロイド薬の一種)の3つの薬剤が使われます。急性の悪心・嘔吐の予防にはこの3剤を併用し、遅延性の悪心・嘔吐の予防にはアプレピタント(またはホスアプレピタントメグルミン)とデキサメタゾンの2剤を併用することが推奨されています。例えば、胃がん化学療法のカペシタビン・シスプラチン・トラスツブマブの併用療法(XP+トラスツブマブ療法)においては一般的に、アプレピタント・5-HT3受容体拮抗薬・デキサメタゾンによる制吐療法が行われています。

中等度の催吐性リスクの主な抗がん剤はイリノテカン、オキサリプラチンなどです。
急性の悪心・嘔吐の予防には主に5-HT3受容体拮抗薬及びデキサメタゾン、遅延性の悪心・嘔吐の予防にはデキサメタゾンの使用が推奨されています。ただし、イリノテカンの単独療法などは中等度催吐性リスクに相当しますが、吐き気や嘔吐を伴うことが比較的多いとされるため、中等度リスクであってもアプレピタント(またはホスアプレピタント)の併用が考慮される場合もあります。その際には一般的にデキサメタゾンの減量が考慮されます。

ここでは抗がん剤の催吐性リスクに伴う制吐療法について推奨とされる薬剤の組み合わせを紹介しましたが、ここで示したのはあくまでも推奨とされる例です。化学療法で使う薬剤の組み合わせによっては抗がん剤を単剤で使うより強い悪心・嘔吐があらわれる場合もあります。患者の体質やその時の体調によっても悪心・嘔吐の度合いは異なる場合があり、中等度催吐性リスクの抗がん剤に対しても高度催吐性リスクの制吐療法が検討されることもあります。

またここで紹介した薬以外にも患者の状況に応じた薬を用いることもあります。

悪心・嘔吐の中でも心理状態が大きく関与する予期性の悪心・嘔吐の予防にはロラゼパム(商品名:ワイパックス®など)やアルプラゾラム(商品名:コンスタン®、ソラナックス®など)といった抗不安薬が使われています。
抗がん剤によって起こる食欲不振や胸やけなどが吐き気を伴う場合もあり、これらの症状を和らげるため胃酸分泌を抑えるH2受容体拮抗薬(H2ブロッカー)やプロトンポンプ阻害薬(PPI)といった薬の使用が考慮されます。
その他、吐き気や消化管の運動などの改善が期待できるプロクロルペラジン(商品名:ノバミン®)、メトクロプラミド(商品名:プリンペラン®など)、ドンペリドン(商品名:ナウゼリン®など)などの薬が用いられることもあります。またハロペリドール(商品名:セレネース®など)やオランザピン(商品名:ジプレキサ®など)などの一般的に抗精神病薬と呼ばれている薬も悪心・嘔吐にも効果が期待できるとされ使われる場合があります。

日常の生活においても配慮が必要です。例えば吐き気がある時の対処として、室内の換気を行う、氷など冷たいものを口に含んでみる、などが有効の場合もあります。逆に芳香の強い花や香水などは吐き気を助長する可能性があります。抗がん剤の悪心・嘔吐に対しては薬による管理の他、日常生活における工夫や対処方法などを担当医や薬剤師などとよく相談しておくことが大切です。

近年では抗がん剤による副作用をはじめとし、がん治療を行っていく中で生じる様々なQOLの低下要因となる症状に対して、漢方薬により軽減する治療が注目を集めてきています。ここではいつくかの例を紹介します。

食欲不振は抗がん剤の副作用によって起こる場合も、がんそのものによって引き起こされる場合もあります。食欲不振があると生活の質(QOL)を低下させるだけでなく、食欲不振による栄養状態の悪化などの好ましくない影響を与える可能性もあります。

六君子湯の特徴は消化管の運動機能やそれに伴う食欲の改善が期待できるところです。最近では、食欲を高めるホルモンであるグレリンの働きを増強する作用により食欲不振を改善することがわかってきました。また六君子湯には胃の機能の改善や抗ストレス作用もあるとされ、食欲低下や胃もたれや膨満感などがあらわれる機能性ディスペプシア(FD)などの状態を改善する効果が期待できます。最近では多くのがん化学療法に使われるプラチナ製剤(シスプラチンなど)によって引き起こされる食欲不振に対しての改善効果も報告され、抗がん剤による食欲不振に対して推奨される漢方薬となっています。

抗がん剤による口内炎は、抗がん剤が口腔粘膜の細胞に作用し細胞死を引き起こした結果、粘膜表面の層が破壊されて潰瘍となった状態です。口内炎ができることにより食欲低下がおこるなど、様々な好ましくない影響が考えられます。

半夏瀉心湯は元々、口内炎保険適用をもつ漢方薬ですが、最近では口内炎への確かな作用の仕組みがわかってきました。

粘膜組織が障害される原因の一つに細菌などの口腔内感染症があります。抗がん剤によって免疫力が低下すると口腔内の感染症もおこりやすくなりますが、半夏瀉心湯は口腔内の細菌への抗菌作用をあらわすとされています。また体内の炎症を抑える作用や、細胞に障害を与える活性酸素の抑制、細胞修復機能の促進といったいくつかの作用によって口内炎を治療することができるとされています。

半夏瀉心湯は吐き気・食欲不振・軟便傾向の状態に適するとされる漢方薬ですので、口内炎以外にも吐き気や下痢などの消化器症状があらわれる抗がん剤に対して有効な治療の一つとなっています。
胃がんなど多くのがん治療に使われるイリノテカンの主な副作用には下痢があります。イリノテカンの下痢は薬剤の投与中から直後にあらわれる早発性の下痢と投与から数日経ってあらわれる遅発性の下痢に分かれますが、半夏瀉心湯は速効性と持続性の両面の作用により、どちらの下痢にも有用であるとされています。

抗がん剤によるしびれなどの症状は末梢神経(まっしょうしんけい:体の各部分に分布している神経)への影響によるものと考えられていますが、ハッキリと解明されてない部分もあります。

抗がん剤による末梢神経障害では筋肉痛のような症状があらわれる場合もありますが、芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)によって症状軽減ができることもあります。構成生薬である芍薬(シャクヤク)の主要成分(ペオニフロリン)によるカルシウムイオンの細胞内流入抑制作用や甘草(カンゾウ)の主要成分であるグリチルリチンによるカリウムイオンの細胞外流出促進作用などによって筋肉のけいれんやそれに伴う痛みなどを改善させると考えられています。実際にパクリタキセルなどのタキサン系微小管阻害薬による筋肉痛や関節痛などに対して芍薬甘草湯が有用とされています。

抗がん剤の副作用の中でも骨髄抑制は血球成分である白血球好中球など)、赤血球血小板などを減少させ、感染症、貧血、出血傾向などを引き起こし、場合によっては生命を脅かすような症状を引き起こす可能性があるため、特に注意が必要な副作用の一つです。

十全大補湯は体力増進作用などの効果が期待できる人参(ニンジン)と黄耆(オウギ)を含む参耆剤(じんぎざい)や足りないものを補う補剤(ほざい)に含まれる漢方薬で、一般的に手術後や病後の体力低下、食欲不振、全身倦怠感などの改善に使われています。

近年、十全大補湯には抗がん作用や造血機能の改善作用などがあることが確認されてきています。作用の仕組みとして、マクロファージの活性化やそれに伴うT細胞の活性化による免疫賦活作用によって、がん転移抑制作用や再発抑制作用などが期待できるとされています。また、骨髄幹細胞に対する刺激作用により、がん化学療法による骨髄抑制に対して有用(特に赤血球減少や血小板減少に対して有用)とされています。

もちろん比較的安全性が高い漢方薬も「薬」の一つですので、副作用がおこる可能性はあります。
例えば、生薬の甘草(カンゾウ)の過剰摂取などによる偽アルドステロン症(偽性アルドステロン症)や黄芩(オウゴン)を含む漢方薬でおこる可能性がある間質性肺炎などがあります。しかしこれらの副作用がおこる可能性は非常にまれであり、万が一あらわれても多くの場合、漢方薬を中止することで解消されます。

先ほどの半夏瀉心湯の例をみてもわかるように漢方薬は複数の症状に効果が期待できるため、複数の副作用がおこる可能性があるがん治療に対しては非常に有用な薬と言えます。
ここで紹介した薬の他にも、全身倦怠感に対して補剤である補中益気湯(ホチュウエッキトウ)、カペシタビンなどの5-FU系製剤や一部の分子標的薬などで比較的あらわれやすい手足症候群に対して桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン)と柴苓湯(サイレイトウ)の併用が有用とされるなど多くの漢方薬ががん治療で活用されています。