しんきんこうそく
心筋梗塞
心臓の筋肉に酸素を送る血管(冠動脈)が詰まってしまい、組織が壊死すること。突然死の原因になる
33人の医師がチェック 383回の改訂 最終更新: 2023.10.17

心筋梗塞の治療:カテーテル治療、手術、薬物治療、心臓リハビリテーションなど

心筋梗塞の治療には多くのことが行われます。治療のポイントは閉塞してしまった冠動脈の血流を再開させることです。また、冠動脈の閉塞が再発しないことを目的とした治療も併せて行われます。

1. 心臓カテーテル治療(PTCA、PCI)

医療行為に用いられる細い管のことをカテーテルと言います。これを用いて行う治療をカテーテル治療と言い、心臓の治療でもカテーテル治療が行われます。

心臓と全身の血管はつながっています。血管に入れたカテーテルを心臓に到達させて行う心臓の治療を心臓カテーテル治療と言います。心臓カテーテル治療にはいくつか種類があります。この章では種類ごとに詳しく説明します。

カテーテル治療とはどんなことを行う治療なのか

心臓カテーテル検査と同じ要領で、手首の動脈(橈骨動脈)あるいは足の付け根の動脈(大腿動脈)などからカテーテルを挿入して、心臓付近にある冠動脈(心臓に栄養を含んだ血液を運ぶ血管)の治療を行うことを冠動脈形成術と言います。心筋梗塞では狭くなった冠動脈に対してこの治療が行われます。

治療に用いるステントの種類に違いはあるのか

カテーテルやワイヤーを用いて冠動脈の細くなっている部分を内側から風船を使って拡げる治療(POBA:Plain Old Balloon Angioplasty)を行います。この際にステントという金網の筒を血管の中に留置します。このステントは形状記憶型になっており、必要な太さを保つことができます。また、ステントは大きく2種類あります。

  • BMS(Bare Metal Stent:薬剤のついていないステント)
  • DES(Drug-Eluting Stent:薬物溶出性ステント)

元来BMSしかなかったのですが、ステントを留置したのに血管が狭くなる現象(再狭窄)が見られたためDESが開発されました。DESは薬剤溶出性ステントという名前の通り薬が塗ってあるステントです。

血管平滑筋細胞が増殖すると再狭窄が起こると考えられています。DESに塗ってある薬剤はこの細胞増殖を抑制します。パクリタキセルやシロリムスやゾタロリムス、エベロリムスなどの薬剤が塗られています。一方で、DESはステント内に血栓を作りやすい傾向があるため、2種類の血をサラサラにする薬(抗血小板薬)を長期的に飲まなくてはならないという欠点もあります。

【DES(薬剤溶出性ステント)の特徴】

 

DES(薬剤のついているステント)

長所

  • 冠動脈の再狭窄が起こりにくい

短所

  • 血栓症を予防するために2種類の抗血小板薬を長期的に飲まなくてはならない

そのため、血管の太さや年齢や内服継続なのかどうかなどを踏まえて最も適した治療法を選択する必要があります。

カテーテル治療で気をつけなければならないこと

心臓カテーテル治療は手術で胸を開けなくても、心臓の治療ができるという大きな利点があります。とはいえ、身体の負担は小さいものではなく誰もが受けられる治療という訳ではありません。特に次に該当する人は検査における危険性が高いです。

  • 造影アレルギーがある人
  • 冠動脈の狭窄の位置や数に問題がある場合
    • 3本の冠動脈に病変がある場合
    • 左冠動脈主幹部(LMT:Left Main Trunk)に病変がある場合
  • 重症の高血圧がある人
  • 重症の不整脈がある人
  • 心不全が非常に重症な人

これらに該当する場合には、心臓カテーテル治療が可能かどうかについて慎重に判断する必要があります。左冠動脈主幹部に対する心臓カテーテル治療は、状況状況で可否の判断をする必要があるため、自分の状況がどうなのかよく主治医に確認するようにしてください。

心臓カテーテル治療には合併症があります。主な合併症は次のとおりです。

  • 新たな心筋梗塞の出現
  • 冠動脈穿孔
  • 穿刺部出血・血腫
  • 後腹膜血腫
  • 仮性動脈瘤
  • 脳梗塞
  • 梗塞
  • 造影剤アレルギー

これらの合併症は頻度は高くはありませんが一定確率で起こります。そのため、心臓カテーテル治療を受ける場合には、どんなことが起こりうるのかについてと治療中にどんな症状を自覚したらすぐに伝えるべきなのかについてあらかじめ聞いておくようにして下さい。

また、カテーテル治療を行って血管を拡張させれば必ず血流が改善するとは限りません。血流が改善しない状態をno-reflow現象といいます。万が一、カテーテル治療後にも症状が残る場合には他の治療を考えることがあります。

カテーテル治療では治療できない心筋梗塞はどうしたら良いのか

心筋梗塞に対してカテーテル治療が行えないことがあります。その場合には2つの治療法が選択肢に上がります。

  • 薬物治療
  • 冠動脈バイパス術

これらの治療の詳細に関しては下で説明していますので、参考にして下さい。

2. 手術:冠動脈バイパス手術(CABG:Coronary Artery Bypass Grafting)

心筋梗塞に対して手術(冠動脈バイパス術)を行うことがあります。上でも述べた通り、3本とも冠動脈が狭くなっている場合や左冠動脈主幹部が狭くなっている場合にも手術であれば治療することができます。

冠動脈バイパス手術ではどんなことを行うのか

心臓に栄養を送る動脈のことを冠動脈といいます。冠動脈は右側に1本(右冠動脈)と左側に2本(左前下行枝、左回旋枝)あり、心臓を取り巻くように存在します。

図:3本の冠動脈が心臓を取り巻いている。

この冠動脈が細くなると、心臓は栄養が少ない中で動かなくてはならなくなります。冠動脈は多少細くなったくらいではあまり自覚症状は出てきませんが、非常に細くなると段々と症状が出てきます。最初は動いたときに胸痛や息切れを感じるようになり、さらに進行すると動かなくても胸痛や息切れが現れます。大別すると、前者を狭心症と言い後者を心筋梗塞と言います。

近年の医療技術の進歩によって、心筋梗塞においても開胸手術以外で治療することができるようになりました。血管に細い管を入れて行うカテーテル治療は身体への負担が手術よりもだいぶ軽く済むため、狭心症や心筋梗塞の治療における主流になりつつあります。

しかし、冠動脈バイパス術は廃れることのない有効な治療です。というのも、左冠動脈主幹部(左前下行枝と左回旋枝に分かれる前の根元の動脈)が狭い場合や3本の冠動脈の全てが狭い場合にはカテーテル治療を受けることができない可能性が高いです。そのため狭くなった冠動脈を助ける血管を作る手術(バイパス術)が必要になります。

冠動脈が狭くなるとその下流には血液が行き渡りにくくなります。冠動脈バイパス術では、血液の足りなくなっている下流に対して新しい血管(バイパス)を作って血液を補充します。このバイパスに主に用いられる血管は内胸動脈・大伏在静脈などです。

カテーテル治療に比べて身体の負担が大きく傷跡も残りますが、確実に血流を確保できることが利点になります。またカテーテル治療は留置したステントが詰まったり、治療後に抗血小板薬(血をサラサラにする薬)を飲まなければならなかったりするため、患者さんの状況によって治療法が選択されます。

冠動脈バイパス術と心臓カテーテル治療の違いについて

冠動脈バイパス術と心臓カテーテル治療は特徴が異なります。各々のメリットとデメリットを下の表に示します。

【冠動脈バイパス術と心臓カテーテル治療の違いまとめ】

 

冠動脈バイパス術

カテーテル治療

身体の負担

非常に大きい

比較的小さい

再狭窄

ない

一定確率で起こる

治療後の生活

内服は必須ではない

抗血小板薬の内服が必要

例えば高齢で内服を欠かさずに行うことが難しければ、カテーテル治療を行ってもいずれまた冠動脈が詰まってしまう可能性が高くなります。患者の状況次第で最適な治療法を選択する必要があります。

3. 心筋梗塞に対する薬物治療とは

心筋梗塞の治療では様々な薬物を使用します。次に挙げる薬がその代表例です。

  • 抗血小板薬
  • 抗凝固薬
  • 血管拡張薬
  • 血栓溶解薬
  • β遮断薬
  • 脂質代謝異常改善薬

この章ではこれらの薬について詳しく説明します。

抗血小板薬

抗血小板薬とは主に血液凝固に関わる血小板の凝集反応を阻害することで血栓の形成を抑える薬です。

具体的な薬剤としてアスピリン(主な商品名:バファリン配合錠A81、バイアスピリン®錠100mg)、クロピドグレル(主な商品名:プラビックス®)などが使われています。ここでは心筋梗塞の治療に対して効果が期待できる抗血小板薬をいくつか挙げてみていきます。

・アスピリン

「バファリンA」などの名称で一般用医薬品(市販薬)における解熱鎮痛薬としても使われるアスピリン(アセチルサリチル酸)は抗血小板薬としても使われています。

抗血小板薬としてのアスピリン(主な商品名:バファリン配合錠A81、バイアスピリン®)は血小板内のCOX(シクロオキシゲナーゼ)を阻害することで血小板凝集を促進させるTXA2(トロンボキサン)という物質の産生を抑え、血小板凝集を阻害することが主な作用の仕組みです。

解熱鎮痛薬として使われるアスピリンは1回用量が成人で一般的に330〜500mg程ですが、抗血小板薬として初回負荷投与時などを除いて長期的に継続する場合の1日(1回)の用量としては75〜162mgが望ましいとされ解熱鎮痛薬として用いられる用量よりも低用量で使われます。これは出血性合併症や消化性潰瘍などの副作用を考慮してのものとされています。

・クロピドグレル

ADP(アデノシン2リン酸)という血小板の活性化に関わる物質の働きを抑えることで抗血小板作用をあらわす薬です。

細胞内にあるADPなどの血小板凝集を引き起こす惹起物質は血小板外へ放出され、ADPにおいてはADP受容体に作用することでさらに多くの血小板を活性化させることで血小板が凝集し血小板血栓が形成されます。

クロピドグレルはADP受容体を阻害することでADPの働きを抑え血小板凝集を抑える作用(抗血小板作用)をあらわし血栓の形成を抑える薬になります。

クロピドグレルは治療や病態などによっては単独で使われる場合もありますが、抗血小板薬であるアスピリンとの併用で使われるケースも多い薬です。経皮的冠動脈形成術(PCI)が適用される虚血性心疾患の治療などにおいてはアスピリンとの併用療法が一般的となっています。またアスピリンとクロピドグレルの両成分をひとつの製剤にまとめた配合製剤(コンプラビン®配合錠)も臨床で使われています。

・チクロピジン

先程のクロピドグレルと同様に主にADP(アデノシン2リン酸)の働きを抑えることで抗血小板作用をあらわす薬です。チエノピリジン骨格という化学構造を持つという点もクロピドグレルと共通であり、抗血小板作用をあらわす仕組みもほぼ同様であると考えられています。

チクロピジンは持続的な抗血小板作用(血小板凝集抑制作用)をあらわし長期投与においても耐性を生じにくいなどの特徴を持っている一方で、頻度は稀とされますが肝障害、無顆粒球症血栓性血小板減少性紫斑病TTP)などの重篤な副作用への懸念があります。この懸念などから特に新規で同系統の抗血小板薬を使う場合、一般的に副作用へのリスクがより少ないとされるクロピドグレルを優先することが多くなっています。もちろん以前からチクロピジンで相性よくしっかり治療できていて副作用なども問題ない場合はそのまま継続しますし、他の同系統の抗血小板薬が体質に合わない場合などにはチクロピジンの使用が考慮されることも考えられます。

・プラスグレル

クロピドグレルなどと同様にチエノピリジン骨格という化学構造を持ち、血小板凝集を促進させるADP(アデノシン2リン酸)の働きを抑えることで抗血小板作用をあらわす薬です。

日本ではプラスグレル製剤のエフィエント®が2014年に発売され、抗血小板薬の中でも比較的新しく登場した薬剤とも言えます。

同系統の抗血小板であるクロピドグレルは体内(肝臓)で代謝を受けてからその薬効をあらわしますが、効果発現に対して腸管からの吸収や薬物代謝酵素などの影響を受ける特徴があります。

一方、プラスグレルではクロピドグレルの主な薬物代謝酵素であるCYP2C19遺伝子多型の有無に関わらず一般的に安定した抗血小板作用をあらわすことなどが確認されていて、個人の体質の差による薬効の振り幅が小さい(個人差が比較的あらわれにくい)という特徴があります。また他の薬剤との相互作用(飲み合わせ)の懸念もプラスグレルの方が一般的に少ないという点などもメリットとして考えられます。

・シロスタゾール(主な商品名:プレタール®)

日本で開発された抗血小板薬でPDEIII(ホスホジエステラーゼIII)という酵素を阻害し、血小板内のcAMPという物質の濃度を増加させることで抗血小板作用をあらわす薬です。

脳卒中後の再発予防薬などとして使われることも多く抗血小板作用の他に、脳卒中後の後遺症としても多い嚥下障害(飲み込みの障害)の改善作用などが期待できるということからも臨床で広く使われている薬になっています。

心筋梗塞における二次予防の選択肢となることも考えられアスピリンとの併用による有用性などが確認されていますが、シロスタゾールにはPDEIII阻害という作用の仕組みによって心拍数を増加することが考えられるため動悸頻脈などに対しての注意は必要です。

・その他の抗血小板薬

この他の抗血小板薬としてはトラピジル(主な商品名:ロコルナール®)、サルポグレラート(主な商品名:アンプラーグ®)、ジピリダモール(主な商品名:ペルサンチン®)などがあり場合によっては治療の選択肢となるケースも考えられます。

・抗血小板薬で注意すべき副作用とは?

薬剤ごとに作用の仕組みは少なからず異なりますが、血小板凝集を抑えることによって出血傾向となるためアザができやすいなどの懸念もあります。また出血のリスクを伴う外傷に対して日頃から注意したり、出血を伴う手術を行う際には必ず前もって抗血小板薬を服用していることを担当医へ伝える必要があります。出血リスクの度合いや行う手術の内容などによっても異なりますが、必要に応じて一時的な休薬が指示されるケースもあるため事前にしっかりと医師や薬剤師から説明を聞いておくことも大切です。

その他、例えばアスピリンでの消化性潰瘍、チクロピジンでの無顆粒球症や肝障害などそれぞれの薬剤による特徴的な副作用にも注意が必要です。チクロピジンより一般的に副作用の懸念が少ないと考えられる同系統薬のクロピドグレルやプラスグレルにおいても副作用が全くないわけではないため注意は必要となります。

またアスピリンでの消化性潰瘍へのリスクに対してPPI(プロトンポンプ阻害薬)などといったように副作用の予防・軽減を目的として併用薬が処方されることも考えられます。一見すると「血栓」とは関係ないような薬でも治療において非常に重要であったりするため、これら併用薬の役割などに関しても医師や薬剤師からしっかりと説明を聞いておくことが大切です。

抗凝固薬

名前にあるように血液が固まる働き(血液凝固)を抑えることで血栓(けっせん)をできにくくする薬です。臨床ではヘパリンなどの注射薬(注射剤)の他、内服薬(飲み薬)の剤形も使われています。

経口(飲み薬)の抗凝固薬としては長年、ワルファリンカリウム(主な商品名:ワーファリン)が治療薬の中心を担ってきましたが、近年新しく開発された経口の抗凝固薬(Direct Oral Anticoagulantsを略してDOACと呼称する場合もあります)が登場し、治療の選択肢が広がってきています。

・ヘパリン

ヘパリンは一般的に分子量5000〜20,000(分子量が30,000を超えるものもある)のムコ多糖類と呼ばれる物質です。

肝臓などで産生されるアンチトロンビンと呼ばれる物質は体内で血液を固める凝固因子となるトロンビン、第Xa因子などと結合することでこれらの凝固因子に対して阻害作用をあらわします。ヘパリン自体に抗凝固作用はありませんが、アンチトロンビンによる抗凝固作用を大きく増強させる作用をあらわします。

ヘパリンで特に注意すべき副作用としてヘパリンの投与によって起こる血小板減少(ヘパリン起因性血小板減少症)があります。この副作用には投与後2〜3日後に発症するI型と投与後5〜14日後(一般的には10日ほどとされる)に発症するII型の2つのタイプがあります。特にリスクが高いとされるのがII型のタイプで、ヘパリン依存性の自己抗体の出現が原因となり合併症として血栓塞栓症などを引き起こす可能性も考えられます。

ヘパリンには未分画ヘパリンとこれを化学処置することによって得られる分子量が5,000前後の低分子ヘパリンがあります。低分子ヘパリンは分子量が大きいままのヘパリン(未分画ヘパリン)に比べて糖鎖が短いなどの理由からアンチトロンビンとは結合できる一方でトロンビンとは結合しにくい特徴があります。

これらの特徴から低分子ヘパリンは主に第Xa因子を選択的に阻害することで抗凝固作用をあらわします。低分子ヘパリンではヘパリン投与における懸念点となるヘパリン起因性血小板減少症のリスクが未分画ヘパリンに比べて一般的に低いとされ、メリットのひとつと考えられます。

・ダナパロイド(オルガラン®)

低分子量(平均分子量が約5,500)のヘパラン硫酸を主成分とするヘパリン類似物(ヘパリノイド)の注射剤です。

トロンビンよりも第Xa因子に対して選択的に抑制作用をあらわす(抗Xa/抗トロンビン活性比が22倍以上とされる)特徴があり、血小板に対する作用が少なく出血のリスクが非常に少ないなどのメリットが考えられます。日本におけるダナパロイド(オルガラン®)は汎発性血管内血液凝固症DIC)へ承認されている薬ですが、海外ではII型のヘパリン起因性血小板減少症に対しての有用性なども考えられています。

・フォンダパリヌクス(アリクストラ®)

化学合成によって造られた血液凝固因子Xaの阻害薬(注射剤)です。

アンチトロンビン結合部位のペンタサッカロイドという物質を化学合成した抗凝固薬で、アンチトロンビンに選択的に結合し、そのトロンビン阻害作用に影響を及ぼさずに第Xa因子阻害作用だけを増強します。日本においては主に下肢整形外科手術や腹部手術といった手術を行うことによる静脈血栓塞栓症のリスクが高いと判断された場合の予防などに対する選択肢となっています。

・アルガトロバン(主な商品名:スロンノン®、ノバスタン®)

血液凝固因子のひとつであるトロンビンの働きを抑えることで抗凝固作用をあらわす薬(抗トロンビン薬)で注射剤として使われています。

作用の仕組みをもう少し詳しくみていくと、薬剤成分がトロンビンの活性部位に結合することでトロンビンの働きを阻害し、トロンビンによるフィブリン生成や血小板凝集及び血管収縮の作用を抑えます。

アルガトロバンは脳梗塞の急性期などにおける治療の選択肢にもなる薬ですが、心筋梗塞などの虚血性心疾患の治療においてはヘパリン投与により引き起こされるヘパリン起因性血小板減少症(主にII型)におけるヘパリンの代替薬などとして使われています。

注意すべき副作用として出血などの血管障害、吐き気などの消化器症状、皮疹などの皮膚症状、肝障害などがあります。

・ワルファリンカリウム(主な商品名:ワーファリン)

経口(飲み薬)の抗凝固薬の一つで現在でも多くの人に使われている薬です。

ワルファリンは血液凝固因子(血液を固める要因となる体内物質)に関わるビタミンKの働きを抑えることで抗凝固作用をあらわす薬です。

ビタミンKは骨の形成などにも関わるビタミンですが、血液に対してはいくつかの凝固因子の生成を手助けする働きを持ちます。ビタミンKが関わる血液凝固因子はプロトロンビン(第II因子)、第VII因子、第IX因子、第X因子で、これらの生成を抑えることで抗凝固作用や抗血栓作用をあらわします。

ワルファリンを飲むにあたって最初に必ず説明される注意事項の一つに「ビタミンKを多く含む食品の摂取についての注意」があります。

先ほど説明したようにワルファリンは「ビタミンKに関わる凝固因子の生成を抑えることで抗凝固作用をあらわす薬」ですので、食事などからビタミンKを多く含む食品を過剰に摂ってしまうとせっかくのワルファリンの効果が減弱してしまいます。

もちろん食品によってもビタミンKが含まれている量はかなり違いますし、ビタミンKを含む食品を絶対に食べていけないかというとそうではありません。

ビタミンKはほうれん草や小松菜などの緑色の野菜に比較的多く含まれているビタミンです。しかし通常の食事で食べるくらいの量であれば多くの場合で問題ないとされています。大事なのは、偏った食事や暴飲・暴食を避けてバランスのとれた食事を摂ることです。

ただし、食材や健康食品の中には少量の中にも、かなり多くのビタミンKを含むものもあります。納豆やクロレラ、青汁などはその代表例でこれらの食品はワルファリンを服用している場合では原則として摂取を控えることになっています。

納豆自体は古来より日本人の食文化を支え健康食品としても注目されている食材なのですが、腸の中でビタミンKをかなり産生するため、ことワルファリンによる抗凝固療法においては薬の効果を下げるというマイナス要素が大きい食材になってしまいます。

ところで少し話は変わりますがよく「ビタミンK」と「カリウム(K)」について「同じであるか?」などの質問を受けることがあります。お互いに「K」という文字を持つため紛らわしいのですが「ビタミンKはビタミン」「カリウム(K)はミネラル」であって全く異なるものです。カリウム(K)を摂ったとしても直接的にワルファリンの効果を邪魔することはありません(ただし、カリウムは薬の排泄にも関わる腎機能に影響を与える可能性があるため、腎臓の病気で治療を受けている人などは摂取にあたって注意が必要になることがあります)。

ビタミンKはフィトナジオンやメナテトレノンといったように違う名前で呼ばれることがあります。特にメナテトレノン製剤(主な商品名:グラケー®)は骨粗しょう症の治療薬として使われているため注意が必要です。ワルファリン服用中の食事内容などに関しては事前に処方医や薬剤師とよく相談しておくことも大切です。

ビタミンKの摂取など注意すべきことはありますが、現在でもワルファリンは血栓塞栓症の治療薬として有用な薬として多くの人に使われていて、治療にかかる薬のコストが比較的安価という面もメリットの一つです。

現在(2018年1月時点)、ワルファリン以降に開発された経口の抗凝固薬(DOAC)の1錠(1カプセル)の薬価は100円をゆうに超え、1日の治療コストとして薬価計算で500円を超える場合もあります。一方でワルファリンは1錠の薬価が10円ほどです。仮にワルファリンとして1日7mgや8mgなど比較的高用量使ったとしても薬価として100円にも満たない金額です。この差は健康保険の一部負担金の支払い額としても、国の医療費を考慮したとしてもメリットと考えられます。もちろん薬剤は治療に対しての有効性が最も重要視されるところではありますが、臨床現場で長期に渡って使われてきた実績なども含め総合的に考えてみてもワルファリンは「高い治療効果が期待できコスト面でのメリットも高い薬」と言えます。

・ダビガトラン(ダビガトランエテキシラートメタンスルホン酸塩)(商品名:プラザキサ®)

ワルファリンに次ぐ経口の抗凝固薬として日本では「プラザキサ®」の名前で2011年3月から使われるようになった薬です。

血液凝固因子のひとつ、トロンビン(第IIa因子)を直接阻害することで抗凝固作用をあらわします。

この薬は通常「1日2回服用」する薬で、腎機能や併用する薬などに問題がなければ1回150mg(75mgのカプセルを2カプセル分)、1日で300mgの用量を服用します。

ダビガトランには1カプセルに110mgの薬剤が入った規格もあります。こちらは腎機能の低下がみられる場合や併用する他の薬がダビガトランの作用を過度に高めてしまう可能性がある場合などに使用が考慮され、1回110mgを1日2回、つまり1日220mgの低用量で服用するための調節用の規格になっています。

一般的に薬剤の規格が複数ある場合は、含有量が高い規格がそのまま高用量を使うための規格になることが多いのですが、ダビガトランは含有量が低い規格を複数(75mgを1回に2カプセル)使うことで高用量の薬の使用を実施するという薬になっています。

ダビガトランには抗凝固薬の服用に際し懸念のひとつである頭蓋内出血の発症が少なかったという臨床試験の結果などもあり有用性が高い薬とされています。ただし高度な腎機能障害を持つ場合などにおいて特に出血のリスクが懸念され注意すべき事項のひとつになっています。

服薬に関してのマイナス面をあえて挙げると「カプセル剤が大きい」という点でしょうか。プラザキサ®カプセルでは、小さい方の75mgカプセルでも「長さが約18mm・直径が約6mmほど」あります。DOAC製剤の中でも薬剤の大きさが小さいリバーロキサバン製剤のイグザレルト®錠が「直径6mm・厚さ2.8mmほど」で、実際に手に取って見てみると大きさの違いはかなり感じます。もちろん小さければ必ずしも良い・・・というわけではないですが、錠剤やカプセルの大きさが大きいと特に嚥下機能が低下した人にとっては飲みにくいことが予想されます。

また、プラザキサ®カプセルは吸湿性が高いため原則として「1包化調剤」に不向きな製剤になっています。「1包化調剤」とは、「朝」「夕」など服用時点ごとに複数の薬を一緒に1回ごとにパック(分包)する調剤方法です。同じタイミングで複数の薬を飲まなくてはいけない場合には適切な服薬や飲み間違い防止などの観点から非常に有用な手段となります。

もちろんダビガトランは治療に対しての有益性が高い薬ではありますが「カプセルが比較的大きい」「1包化調剤に不向き」という点は嚥下機能が低下している人や認知症を患っている人などにとってはデメリットと考えられる面があり、今後の日本の高齢化などを考えるとデメリット面を改善した製剤の開発が待たれるところでもあります。

・リバーロキサバン(商品名:イグザレルト®)

日本では2012年4月から使われるようになったDOACです。

本剤は血液凝固因子の第Xa因子の活性を阻害することによって抗凝固作用をあらわします。臨床試験の結果からワルファリンに劣らない有用性が確認され、安全性においては特に頭蓋内出血の危険性が少ないと考えられています。

また本剤は通常「1日1回の服用」で治療が可能な製剤で、飲み忘れ防止などの観点においても有用と言えます。またワルファリンや他のDOACに比べても錠剤の大きさが小型で、比較的喉に引っ掛かりにくいこともメリットと考えられます。リバーロキサバン製剤のイグザレルト®には錠剤をそのまま服用することが困難な場合などを考慮した剤形として2015年に細粒剤(イグザレルト®細粒分包)が、2020年には口腔内崩壊錠(イグザレルト®OD錠)が追加承認されています。

・アピキサバン(商品名:エリキュース®)

日本では2013年2月から使われるようになったDOACです。

本剤は血液凝固因子の第Xa因子を阻害することによって抗凝固作用をあらわします。

弁膜症を伴わない心房細動(NVAF)に対する臨床試験においてワルファリンよりも有用性が高かったという結果や、出血性合併症が少なく特に頭蓋内出血が少ないとされる点などもメリットと考えられています。

本剤は通常「1日2回」の服用を必要とするため、こと服薬という面では「1日1回」で治療が可能な抗凝固薬に対してやや劣勢ではありますが、その効果や出血のリスクなどを考えると有用な薬の一つと言えます。

・エドキサバン(エドキサバントシル酸塩水和物)(商品名:リクシアナ®)

日本では2011年4月に登場したDOACです。

血液凝固因子の第Xa因子を阻害することによって抗凝固作用をあらわします。

発売当初は、主に膝関節や股関節の全置換術など下肢の整形外科手術を行った患者における静脈血栓塞栓症の発症を抑える目的で使われていた薬でした。

その後、臨床試験における結果から非弁膜症性の心房細動における脳卒中虚血脳卒中)及び全身性塞栓症の発症抑制、静脈血栓梗塞症(深部静脈血栓症及び肺血栓塞栓症)の治療及び再発抑制に対して有効性と安全性が確認され、2014年9月にこれらに対しても保険承認されています。

弁膜症を伴わない心房細動(NVAF)に対する臨床試験において大出血や頭蓋内出血が少ないとされていることや通常「1日1回の服用」で治療が可能な製剤となっていることもメリットと考えられます。またなんらかの理由によって嚥下(飲み込み)に問題があり通常の錠剤が飲みにくい状況などを考慮した剤形として口腔内崩壊錠(リクシアナ®OD錠)が2017年11月から発売されています。

・抗凝固薬で注意することとは?

抗凝固薬は「血液を固まりにくくする薬」ですので、すべての抗凝固薬に共通して出血に対しては注意が必要になります。

例えばワルファリンではPT-INRという数値を検査で確認することで薬の効果がどのくらいあらわれているかを判断します。DOACについても一般的にそれぞれの薬に適した検査や腎機能の状態に合わせた調節などによって、薬の効果が安全に適切にあらわれるように治療が行われます。

それでも日常生活における出血への配慮は必要で、例えば以下のような事が挙げられます。

  • けがをする可能性のある作業や運動には気をつける
  • 打撲や打ち身などをしやすい運動には気をつける
  • 歯をみがく際の歯ブラシは歯茎からの出血を考慮してなるべく柔らかいタイプを使う
  • ヒゲを剃る時はなるべく出血の危険性が少ない電気カミソリを使う
  • バイクなどの転倒する危険性がある乗り物の乗車時には気をつける

このように生活の中で注意しつつ、もし出血してしまったらあわてずにタオルなどでしっかりと患部を押さえるなどの対応が必要です。その際、通常(抗凝固薬を使用していない場合)よりも血液が止まるまで時間がかかることを念頭におく必要があります。

もちろんひどい怪我などによる出血やタオルなどで止血しても血が止まらない場合、血尿血便が起こった場合などは医療機関への受診も考慮しつつ主治医へ連絡するなど適切に対処することが大切です。

血管拡張薬

◎ACE阻害薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬)

アンジオテンシン(AT)という血圧上昇などに深く関わる体内物質の働きを抑える作用をあらわす薬のひとつです。

体内にはアンジオテンシノーゲンという物質からアンジオテンシンIを経てアンジオテンシンIIができる仕組みがあります。アンジオテンシンIIは自身が血管を収縮させ血圧を上昇させる作用に加えアルドステロンという副腎皮質ホルモンの分泌を促します。アルドステロンは腎臓でナトリウムや水分の血液中への再吸収を行っている主な物質となり、循環血液量の増加がおこり血圧が上昇します。

ACE阻害薬はアンジオテンシンIIへの変換に関わる酵素(ACE:アンジオテンシン変換酵素)を阻害することよってATの働きを抑え、血圧を低下させる作用などをあらわします。

アンジオテンシンIIの働きによって分泌が促されるアルドステロンは血圧以外にも心臓の肥大や心臓及び血管の線維化、腎障害などに関わる物質と考えられています。またアンジオテンシンIIは脳、血管、心臓、腎臓などに存在する自身の受容体に結合することで高血圧だけでなく脳卒中心不全腎不全などの因子となるとされています。

そのためACE阻害薬は高血圧の治療以外に左心機能低下や心不全などの心疾患、腎疾患や糖尿病合併した病態などの治療に対しても効果が期待できる薬とされています。

実際にエナラプリル(主な商品名:レニベース®)やリシノプリル(主な商品名:ロンゲス®、ゼストリル®)が慢性心不全へ保険承認されていたり、ペリンドプリル(主な商品名:コバシル®)では心臓の肥大を抑えたり血管への改善作用が期待できるとされるなど、高血圧治療以外でも有用な薬になっています。

注意すべき副作用としては、めまいや立ちくらみ、頭痛、腹痛や吐き気などの消化器症状などがあります。また頻度は稀とされていますが血管浮腫高カリウム血症などがおこる可能性も少なからずあります。

副作用という面で同じくATに関わるARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)との違いは、ACE阻害薬では咳(空咳)が一般的にあらわれやすいという特徴があり、これは「ACEを阻害する」という作用の仕組みによるものが大きいとされています。ACEはアンジオテンシン以外にも関わる酵素で、ACEを阻害することで体内で咳などを引き起こすブラジキニンという物質が増える傾向になり咳(空咳)が生じやすくなると考えられていて、薬剤や体質などによっても咳(空咳)がおこる頻度は異なってきますが注意すべき副作用のひとつとなっています。

一方でこの咳(空咳)を誤嚥(ごえん)防止に利用する場合もあります。誤嚥とは食べ物が食道ではなく喉頭や気管に入ってしまうことです。脳卒中による後遺症など、なんらかの理由によって嚥下機能(飲み込む機能)が低下している状態では一般的に誤嚥が起こりやすくなり誤嚥性肺炎などのリスクが高くなると考えられていて、これを防ぐためにACE阻害薬による咳(空咳)は有用とされています。

もちろん激しく咳き込みが出る・・・などの場合では注意が必要ですが、ブラジキニンには咽頭反射を改善する働きも期待できると考えられているため、咳(空咳)の副作用が必ずしもデメリットとなるわけではないのです。

◎ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)

ACE阻害薬と同様にアンジオテンシン(AT)という血圧上昇などに深く関わる体内物質の働きを抑える作用をあらわす薬のひとつです。

体内にはアンジオテンシノーゲンという物質からアンジオテンシンIを経てアンジオテンシンIIができる仕組みがあります。アンジオテンシンIIは自身が血管を収縮させ血圧を上昇させる作用に加えアルドステロンという副腎皮質ホルモンの分泌を促します。アルドステロンは腎臓でナトリウムや水分の血液中への再吸収を行っている主な物質となり、循環血液量の増加がおこり血圧が上昇します。アルドステロンは血圧以外にも心臓の肥大や心臓及び血管の線維化、腎障害などに関わる物質と考えられています。またアンジオテンシンIIは脳、血管、心臓、腎臓などに存在する自身の受容体に結合することで高血圧だけでなく脳卒中心不全腎不全などの因子となるとされています。そのためARBには心臓、腎臓、脳血管などの臓器保護作用が期待できると考えられています。

同じくATの働きを抑えるACE阻害薬との違いは作用の仕組みにあり、ACE阻害薬がアンジオテンシンIIへの変換に関わる酵素を阻害するのに対して、ARBはアンジオテンシンIIが作用する受容体を阻害することでATの働きを抑えるところにあります。

ARBも主に高血圧治療薬として開発された薬ですがACE阻害薬同様、降圧目的以外にも臨床応用されていて心疾患や腎疾患の治療薬として使われる場合もあります。実際、カンデサルタン(主な商品名:ブロプレス®)では高血圧症に加え慢性心不全の承認があり、ロサルタン(主な商品名:ニューロタン®)では高血圧症に加え糖尿病性腎症で承認されているなど、高血圧治療以外にも有用とされています。

心筋梗塞後の治療においてはACE阻害薬に不耐で心不全などがある病態などに対して使用が考慮されます。

ARBとしては他にバルサルタン(主な商品名:ディオバン®)、テルミサルタン(主な商品名:ミカルディス®)、イルベサルタン(商品名:アバプロ®、イルベタン®)、アジルサルタン(商品名:アジルバ®)といった薬が臨床で使われています。

ARBで注意すべき副作用にはめまいや立ちくらみ、頭痛、腹痛や吐き気などの消化器症状、などがあります。ARBでも咳(空咳)があらわれる可能性はありますが、作用の仕組みの違いなどの理由から一般的にACE阻害薬に比べてARBの方が起こりにくいとされています。

また頻度は非常に稀とされていますが血管浮腫、高カリウム血症ショックなどがあらわれる可能性があり、これらは薬剤によっても異なる場合がありますが注意が必要とされています。

◎エプレレノン(抗アルドステロン薬)(商品名:セララ®)

体内のアルドステロンの働きを抑える薬で、選択的アルドステロンブロッカーなどの名前で呼ばれることもあります。

アルドステロンは腎尿細管でのナトリウムなどの電解質や水分などの再吸収以外にも心臓や血管の線維化、心臓の肥大、心室性不整脈、腎障害などに関わっている物質です。またアルドステロンが作用する鉱質コルチコイド受容体は腎臓以外に心臓、血管壁、脳など様々な部位に存在することがわかっています。

エプレレノンはアルドステロンの鉱質コルチコイド受容体への結合をより選択的に阻害することによってアルドステロンの働きを抑える作用をあらわします。

元々は高血圧治療薬として承認された薬ですが、アルドステロン自体が心臓の肥大や心臓及び血管の線維化などへ深く関わることから心不全への有用性が考えられ、2016年12月に慢性心不全の治療に対しても追加承認されました。慢性心不全の治療においては通常、ACE阻害薬やARB、β遮断薬、利尿薬などとの併用によって使われています。

エプレレノンと同じようにアルドステロンの作用を抑える薬として一般的に利尿薬として使われるスピロノラクトン(主な商品名:アルダクトン®A)が多くの治療で使われている薬になっていますが、エプレレノンはスピロノラクトンに比べると男性ホルモンテストステロン)への影響が少なく女性化乳房などへの懸念が少ないというメリットが考えられます。

エプレレノンの注意すべき副作用としては高カリウム血症低血圧、めまいや頭痛などの精神神経系症状、腎機能障害、消化器症状などがあります。

◎カルシウム拮抗薬(ベラパミル、ジルチアゼムなど)

細胞内へのカルシウムイオンの流入を阻害する作用(カルシウム拮抗作用)により、血管拡張作用などをあらわす薬です。

血管平滑筋が収縮するためにはカルシウムイオン(Ca2+)の細胞内への流入が必要で、カルシウムチャネルという通り道からCa2+は細胞内へと流入します。カルシウム拮抗薬はカルシウムチャネルへ作用し平滑筋細胞へCa2+の流入を抑え血管収縮を抑制し、血管拡張作用などをあらわします。またカルシウム拮抗薬は心筋へのCa2+流入抑制などにより心拍数を減少させ心筋虚血時や高血圧時などにおける心臓の負担を軽減させる効果が期待できます。

カルシウム拮抗薬にはジヒドロピリジン系(アムロジピン、ニフェジピンなど)といって血管への選択性が高く高血圧治療薬として使われることが多い薬もありますが、ベラパミル(主な商品名:ワソラン®)やジルチアゼム(主な商品名:ヘルベッサー®)は一般的にジヒドロピリジン系に分類され、その作用における心臓への選択性などから頻脈性心房細動における脈拍調整などを目的として使われることも考えられます。一方で心抑制のために心不全や高度な徐脈などを伴う場合では病態を悪化させる可能性があるため一般的に使用を控える必要があります。またジヒドロピリジン系の薬剤に比べると血管への選択性が少ない傾向にありますが、末梢血管拡張作用などによる血圧低下やふらつきには注意が必要です。その他、頭痛、消化器症状、浮腫などにも注意が必要です。

カルシウム拮抗薬による治療中にグレープフルーツを摂取すると薬の代謝が阻害されることで薬剤成分が血液中に残りやすくなり、過度に薬の効果があらわれる可能性などが考えられます。この相互作用の強弱は薬剤によっても異なり、例えばベラパミルでは過度でないにしろ薬剤成分の血中濃度が上昇した報告があります。同じ柑橘系でもみかん(温州みかん)に関しては問題ないとされているなど、日頃から柑橘系の食物を摂取する機会が多い場合は特に医師や薬剤師から事前に相互作用(飲み合わせ)の有無や注意事項などをよく聞いておくことも大切です。

◎硝酸薬(硝酸塩製剤)

心臓に酸素を送る血管である冠動脈や末梢血管を拡張する作用をあらわす薬です。

この薬は体内で代謝され一酸化窒素(NO)を生成します。このNOが血管をひろげる主な物質となり、心臓への酸素供給などを改善したり、全身の血管がひろがることで血液を送る力が少なくてすむため心臓の負担を軽くすることなどの効果が期待できます。

硝酸薬は一般的に狭心症(冠動脈が狭くなることで胸の痛みや息苦しさなどがあらわれる)の治療薬や心不全などの治療薬として使われています。

硝酸塩を含む製剤としては硝酸イソソルビド、一硝酸イソソルビド、ニトログリセリン、ニトロプルシドナトリウムなどがあります。薬剤によっては内服薬(飲み薬)の他、貼付剤(貼り薬)、注射薬など剤形の選択も可能で、発作などの症状を予防する薬と急性期(狭心症発作時、急性心不全など)に使う薬があります。主に急性期に使われる薬として舌下錠(主な商品名:ニトロペン®)や舌下に噴霧するタイプであるスプレー剤(主な商品名:ミオコール®スプレー)などもあり、これらの製剤の使い方や使用に際しての注意などを医師や薬剤師などから事前によく聞いておくことも大切です。

硝酸塩を含む製剤は血管をひろげる作用をあらわすため血圧低下によるめまいや立ちくらみなどには注意が必要です。他に頭痛、吐き気などの消化器症状、倦怠感などにも注意が必要です。

またシルデナフィル(主な商品名:レバチオ®、バイアグラ®)などのホスホジエステラーゼ5阻害薬(PDE5阻害薬)と呼ばれる種類の薬などは併用禁忌(併用しないこと)となっていて他の薬との相互作用(飲み合わせ)にも注意が必要です。

◎ニコランジル

一酸化窒素(NO)は体内で冠動脈や末梢血管を拡張する作用をあらわします。体内でNOを生成する製剤としてはニトログリセリンなどの硝酸塩製剤がありますが、ニコランジル(主な商品名:シグマート®)も体内で一酸化窒素(NO)を生成することで心臓への酸素供給などを改善することが期待できる薬です。

またニコランジルは血管平滑筋の弛緩に関わるカリウムイオンの通り道であるカリウムチャネルを開く作用による血管拡張作用をあらわすとされることからカリウムチャネル開口薬などと呼ばれることもあります。心不全の治療薬としても使われますが、心筋梗塞後の狭心症の症状改善や心筋虚血の改善などに対しても有用な薬になっています。内服薬(飲み薬)の他、注射薬の剤形があり注射薬は不安定狭心症急性心不全に対して保険承認されています。

注意すべき副作用としては頭痛やめまい、吐き気などの消化器症状、肝機能障害、血小板減少などです。またシルデナフィル(主な商品名:レバチオ®、バイアグラ®)などのホスホジエステラーゼ5阻害薬(PDE5阻害薬)と呼ばれる種類の薬などは併用禁忌(併用しないこと)となっていて、他の薬との相互作用(飲み合わせ)にも注意が必要です。

血栓溶解剤(t-PA)

t-PA(rt-PA)は血栓を溶かす抗血栓薬で遺伝子組み換え組織プラスミノーゲンアクチベーター(recombinant tissue plasminogen activator)を略して一般的に「t-PA」あるいは「rt-PA」と呼ばれています。

1980年代前半に米国で遺伝子組み換え技術を用いて高純度のヒトt-PA(rt-PA)を大量に生産することが可能になった以後、日本においてもこの分野での臨床研究が進展してきた経緯があります。

t-PA(組織プラスミノーゲンアクチベーター)は元々ヒトの体内でも作られている物質で健常な場合、t-PAが作用していることにより血管の中で血栓ができにくいようになっています。

t-PAは結果として血栓を形成する上で重要な物質であるフィブリンに関わることで血栓を分解する抗血栓作用をあらわします。

作用の仕組みをもう少し詳しくみていくとt-PAはプラスミノーゲンという物質を活性化する作用をあらわします。これによりプラスミノーゲンはプラスミンという物質に変化します。プラスミンにはフィブリンを分解する作用があり血栓を溶かすことができるため、t-PAは血栓を溶かす抗血栓薬となります。rt-PAは遺伝子組み換え技術を用いて人工的に造られた製剤であるため感染のリスクが低いなどのメリットが考えられます。

現在(2018年1月時点)、日本で心筋梗塞に対する血栓溶解治療に承認されているrt-PA製剤にはアルテプラーゼ(商品名:アクチバシン®、グルトパ®)とモンテプラーゼ(商品名:クリアクター®)があり、治療の選択肢となることが考えられます。

これらの薬剤を血栓溶解治療に用いるには一定の条件が必要で、急性心筋梗塞に対しては発症から6時間以内の投与開始が原則となっています。

発症から6時間を超えてしまうと治療効果は低くなると同時に頭蓋内の出血の危険性が高まるなど、デメリットが増すとされています。

アルテプラーゼは心筋梗塞の他に脳梗塞(発症後4.5時間以内投与)、モンテプラーゼは心筋梗塞の他に急性肺塞栓症に対して承認されているrt-PA製剤になっています。

β遮断薬

交感神経のβ(ベータ)受容体を遮断することで狭心症不整脈高血圧症など主に循環器に関連する疾患や症状に対して使われている薬です。心筋収縮力を抑えたり心筋の酸素消費量を軽減させることなどによって心臓への負荷を減らす作用をあらわし心筋梗塞の急性期だけでなく2次予防への効果も期待できます。

β遮断薬に分類される薬といっても個々の薬剤によって特徴をもっていて、用途や適応症などが異なってくる場合もあります。

プロプラノロールやランジオロールといったβ遮断薬には注射剤の剤形があり、急性期の治療などに対しても有用です。

またβ遮断薬の中には心筋梗塞後の心室性不整脈心不全などに対して有用となる薬もあり実際に臨床でも使われています。 

特に慢性心不全では一般的に弱くなった心臓の機能を補うために交感神経の働きが亢進することによって心臓の動きが過度になり、この状態が続くことで心不全が悪化する傾向にあります。β遮断薬は交感神経の働きを抑えることで、がんばり過ぎている心臓を休ませ心臓への負荷を減らすことで心不全の悪化を防ぐことが期待できます。

β遮断薬の中でもカルベジロール(主な商品名:アーチスト®)は慢性心不全の治療薬として広く使われている薬のひとつで交感神経のα(アルファ)受容体への遮断作用(主に血管拡張作用)も有することからαβ遮断薬という種類に分類されることもあります。カルベジロールは元々、高血圧症狭心症の治療薬として承認された薬ですが、慢性心不全に対する有用性が考慮され、2002年に虚血性心疾患又は拡張型心筋症に基づく慢性心不全に対して追加承認されました(この他、2015年に頻脈性心房細動に対しても追加承認されています)。カルベジロールは継続して投与していくことで慢性心不全の進展を抑え、心不全悪化による入院を減らせるメリットなどが考えられます。

β遮断薬の中ではビソプロロール(主な商品名:メインテート®)もβ遮断薬の中では心不全治療によく使われる薬です。こちらも元々は高血圧症狭心症などの治療薬として承認された薬ですが、心不全への有用性は考慮され、2011年に虚血性心疾患又は拡張型心筋症に基づく慢性心不全に対して追加承認されていました(この他、2013年に頻脈性心房細動に対しても追加承認されています)。

交感神経のβ受容体の主なタイプ(種類)にはβ1、β2、β3がありますが心臓にはβ1が多く存在すると考えられています。ビソプロロールはβ受容体の中でもβ1受容体への選択性が比較的高い薬で、この特徴から心臓に対してより選択的な作用が期待できるβ遮断薬ともいえます。

この他のβ遮断薬ではメトプロロール(主な商品名:セロケン®、ロプレソール®)などが治療の選択肢となることが考えられます。

高血圧治療薬としても使われるβ遮断薬には少なからず降圧作用があり、血圧低下によるふらつきや立ちくらみなどがあらわれる可能性もあるため注意が必要です。

また糖や脂質代謝などに影響を及ぼす場合もあり糖尿病や耐糖能異常などがある場合にはより注意が必要となります。β受容体の中でβ2受容体は気管支の拡張などに関わるタイプでβ遮断作用により気管支が収縮し、咳などの呼吸器症状があらわれる場合があり、気管支喘息などの呼吸器疾患を持病で持っている場合には注意が必要です。β1受容体への選択性が高いビソプロロールやカルベジロールなどの薬剤はこの懸念が少ないと考えられますが、β遮断薬の中にはβ2受容体に対しても作用をあらわしやすい薬剤もあるため、β遮断薬により治療を行う場合には使用する薬剤がどのようなタイプでどういった特徴を持っているか、などを事前に医師や薬剤師からよく聞いておくことも大切です。

脂質代謝異常改善薬

コレステロール」というと一見、血液や血栓と関係ないようにも思えるかもしれませんが、コレステロールなどの脂質異常が心臓の病気に及ぼす影響は非常に大きいものになります。脂質異常の中でも特に一般的に悪玉コレステロールとも呼ばれているLDLコレステロールの異常は粥状動脈硬化による血管内皮の肥厚であるプラークの主な因子となります。冠動脈における脂質に富む破裂しやすい不安定なプラークが破裂すると心筋梗塞や不安定狭心症などの急性冠症候群の原因となります。コレステロールなどを改善させる脂質低下療法を行うことでプラークのコレステロール蓄積を抑えるだけでなく、プラークを安定化させ破裂しにくくすることで、冠動脈疾患の発症を抑える効果が期待できるとされています。

◎HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン系薬)

コレステロールの合成過程で必要となるHMG-CoA還元酵素という酵素を阻害することで脂質異常を改善する作用をあらわす薬で、一般的に「スタチン」や「スタチン系薬」などと呼ばれています。

コレステロールは主に肝臓で合成されていますが、この合成過程で必要な酵素のひとつにHMG-CoA還元酵素(3-Hydroxy-3-methylglutaryl coenzyme-A reductase)があり、スタチン系薬はこの酵素を阻害することで肝臓におけるコレステロール合成を抑え血液中のコレステロールを低下させる作用などをあらわします。

心筋梗塞など心疾患に深く関わる動脈硬化を引き起こす因子である血液中のLDLコレステロール(悪玉コレステロール)を低下させることで、動脈硬化や心筋梗塞などを予防する効果が期待できます。

スタチン系の薬は主にコレステロール低下の度合いによってスタンダードスタチンとストロングスタチンに分けられます。用量や体質などによっても異なりますがLDLコレステロール値の低下作用において一般的にスタンダードスタチンが15%前後、ストロングスタチンでは30%前後下げる効果が期待できるとされ通常、病態などに合わせて適切な薬が選択されます。

主なスタンダードスタチンにはプラバスタチン(主な商品名:メバロチン®)、シンバスタチン(主な商品名:リポバス®)、フルバスタチン(主な商品名:ローコール®)があり、

主なストロングスタチンにはアトルバスタチン(主な商品名・リピトール®)、ピタバスタチン(主な商品名:リバロ®)、ロスバスタチン(主な商品名:クレストール®)があります。

スタチン系の薬剤の注意すべき副作用としては消化器症状、しびれなどの末梢神経障害、肝機能障害、過敏症などがあります。また稀に横紋筋融解症という症状があらわれる場合があり注意が必要です。これはいくつかの種類の薬などが起因となり筋肉(骨格筋)の細胞に障害が生じることで筋肉の痛みや脱力感などがあらわれるものです。重篤な症状に至ることは非常にまれとされていますが、手足などの筋肉に痛みやしびれが出る、手足に力がはいりにくい、全身がだるい、尿の色が赤褐色になる、などの症状がみられた場合はこの副作用が生じている可能性があるため、放置しないで医師や薬剤師に連絡するなど適切に対処することが必要です。

スタチン系薬は他の薬との相互作用(飲み合わせ)に注意が必要な場合もあります。相互作用の多少は薬剤によっても異なり、一般的に水溶性の性質をもつプラバスタチンなどは相互作用が少なく、脂溶性の性質をもつアトルバスタチンやシンバスタチンなどは比較的相互作用が多い傾向にあります。相互作用に特に注意すべき薬として一部の免疫抑制薬や抗ウイルス薬などがありますが、個々の薬剤によっても特徴が異なるため、他になんらかの治療薬を服用している(または服用する可能性がある)場合には事前に医師や薬剤師に相談しておくことが大切です。

スタチン系薬の中でアトルバスタチンには、高血圧などの治療薬として広く使われているカルシウム拮抗薬(アムロジピン)との配合製剤(主な商品名:カデュエット®配合錠)があり、心臓及び脳血管疾患を引き起こす因子となる高コレステロール血症と高血圧症をひとつの製剤で治療できるメリットなどが考えられる製剤になっています。

◎エゼチミブ(小腸コレステロールトランスポーター阻害薬)

エゼチミブ(商品名:ゼチーア®)はスタチン系薬などの従来の脂質異常を改善する治療薬とは異なる作用の仕組みによってコレステロールを下げる作用をあらわす薬で日本では2007年に承認され臨床で使われています。

食事(食物)や胆汁由来のコレステロールは主に小腸で吸収されますが、この吸収にはコレステロールを輸送する運び屋的な役割を担っている物質(NPC1L1:小腸コレステロールトランスポーター)が深く関わっています。エゼチミブは世界初の小腸コレステロールトランスポーターの阻害薬でNPC1L1のコレステロール輸送機能を阻害することで、小腸からの食事性及び胆汁性コレステロールの吸収を低下する作用をあらわします。

エゼチミブ以前に開発されたスタチン系薬などの肝臓でのコレステロール合成や分泌の過程に関わる薬とは異なる作用の仕組みを持つため、脂質異常症の治療の選択肢を広げるメリットなどが考えられます。脂質異常改善薬としてエゼチミブ単独で使われる場合もありますが、スタチン系薬など他の脂質異常改善薬と併用して使われることも多い薬です。

注意すべき副作用としては消化器症状、過敏症、横紋筋融解症、肝機能障害などがあります。重度な肝機能障害がある場合などでは同じく肝機能障害の副作用を生じる可能性があるスタチン系薬との併用ができない場合が考えられ特に注意が必要です。

◎フィブラート系薬

トリグリセリド(TG)分解促進作用やコレステロール合成阻害作用などをあらわす薬で一般的に「フィブラート系薬」などと呼ばれています。

フィブラート系薬はLDLコレステロールを下げるというよりは主にTGを下げる薬といえ、脂質異常症の中でも中性脂肪が高い病態に対して有用です。またHDL(高比重リポタンパク)の構成タンパクの転写を促進させることでHDLコレステロール(善玉コレステロール)を増加する効果なども期待できると考えられてます。

臨床ではクロフィブラートやクリノフィブラート(商品名:リポクリン®)といった比較的初期に開発された薬よりベザフィブラート(主な商品名:ベザトール®SR)やフェノフィブラート(主な商品名:トライコア®、リピディル®)といった第2世代に分類される薬が使われることが多くなっています。2017年には新規のフィブラート系薬であるペマフィブラート(商品名:パルモディア®)が承認され、今後薬価収載を経て発売予定になっています。

注意すべき副作用としては横紋筋融解症、肝機能障害、発疹などの皮膚症状などがあります。横紋筋融解症の頻度に関しては非常に稀とされていますが、腎機能になんらかの障害がある場合やスタチン系薬と併用する場合などで起こりやすくなると考えられていて、これらのケースではより注意が必要です。

◎その他の脂質異常改善薬

その他、陰イオン交換樹脂(コレスチミド、コレスチラミン)、プロブコール、ニコチン酸誘導体(トコフェロールニコチン酸エステル、ニセリトロールなど)、多価不飽和脂肪酸(イコサペント酸エチル、オメガ-3脂肪酸エチル)といった薬がコレステロールなどの体内の脂質を改善する薬として使われることがあります。

また近年ではPCSK9阻害薬(ヒト型抗PCSK9モノクローナル抗体:エボロクマブ、アリロクマブ)やMTP阻害薬(ロミタピド)といった新しい作用の仕組みによるコレステロール改善薬も登場しています。詳しくは割愛しますがこれらの薬の登場により、遺伝によって生まれつきLDLコレステロールが高くなってしまう家族性高コレステロール血症やスタチン系薬などによる薬物療法を行っても改善が不十分な場合などへの治療の選択肢が広がってきています。

4. 心臓リハビリテーション

心筋梗塞が生じて急性心不全に至ったときには安静が非常に重要になります。一方で、治療によって病状が落ち着いてからは心機能を回復させる目的の心臓リハビリテーションが重要になってきます。できるだけ心機能を回復させることが心臓リハビリテーションの大きな目標になりますが、これ以外にも効果が期待できるとされています。

心臓リハビリテーションとは

日本心臓リハビリテーション学会によると、心臓リハビリテーションとは「自分の病気のことを知ることから始まり、患者さんごとの運動指導、安全管理、危険因子管理、心のケアなどを総合的に行うもの」としています。リハビリテーションを専門的に行う理学療法士だけでなく、医師・看護師・薬剤師・臨床心理士などが多方面から関わります。また、患者の生活環境や家族にも深く関わります。

心臓リハビリテーションを行うと運動耐容能(身体が運動の負担に耐える能力)が改善するため、再入院率の低下や長期生命予後の改善に有効であると考えられています。また、神経体液性因子(過剰に存在すると心臓を疲弊させると考えられている物質)や炎症サイトカイン(身体の中で炎症が起こると増える物質)に関与して血管内皮機能や骨格筋代謝等を改善すると考えられています。こうした運動や身体バランスのみならず、自ずから身体を動かしたり目標達成をしたりすることで、精神的な効果も期待できます。

心臓リハビリテーションは次のことを目標に行います。

  • 早期離床(できるだけ早い段階から身体を動かすようにする)して、必要以上に安静にすることによる弊害(褥瘡肺塞栓症、身体的および精神的なバランスの悪化など)を予防する
  • 迅速かつ安全な退院と社会復帰へのプランを立案し実現する
  • 運動耐容能の向上によりQOL(Quality of Life:生活の質)を改善させる
  • 包括的な患者教育と疾病管理により心不全の重症化や再入院を予防する

入院中だけでなく状態が落ち着いて退院してからもリハビリテーションを継続することでこれらの目標が達成しやすくなります。そのためには、本人の動機づけと成功体験は重要ですので、心臓リハビリテーションをチームで包括的に行う必要があります。また、生活環境の整備や家族の協力は大切な要素になります。

心臓リハビリテーションではどんなことを行うのか?理学療法や運動療法について

ベッドから離れない生活を送っていると、全身の筋肉が衰えて運動能力も下がってしまうため、ますますベッドから離れられなくなります。完全に寝たきりになるとどんどん心身の状態が落ちてしまうため、うつ病などの精神疾患になることも少なくありません。そこで心臓リハビリテーションは病気から回復するだけではなく、社会生活に復帰することを目標とします。

心臓は筋肉でできています。心臓の筋肉を鍛えることが大切です。心筋が鍛えられると運動ができる範囲(運動耐容能)が広がります。しかし、その人ができる範囲を超える運動負荷をかけるとかえって心臓の状態が悪くなってしまいます。

まず、「自分ができる範囲」がどの程度なのかを医学的に推し量ることが最初のステップになります。「自分ができる範囲」がわかったところで、その範囲を超えない程度の運動メニューを専門のリハビリの先生に作ってもらいます。

次に、こうして作られたメニューを疲れすぎない範囲でこなします。こなしているうちに段々と強い負荷に耐えられるようになってくるので、やれる範囲の運動を根気よく行うことが大切です。

目安となる簡単な目標としては次のものがあります。

  1. ベッド上の運動(関節の運動など)
  2. 座った状態を保つ
  3. 立った状態を保つ
  4. 短距離を歩行する
  5. 長距離を歩行する
  6. 6分間歩行する
  7. 自転車こぎをする
  8. 軽いエアロビックスをする

これらをいきなり駆け上がることを目指すのではなく、段階的に達成することが大切です。そうすることで少しずつ状況が好転します。個人の状況によって目標は異なるので、自分の身体のしんどさやリハビリテーション終了後の目指したい生活について、医療者とよく相談するようにして下さい。

ただでさえ心不全によって苦しい状態なのに、運動するとさらに苦しさを伴います。しかし、運動療法によって得られる効果は大きいので、運動療法はよほど重症(NYHA4度程度)な心不全でない限り行うべきです。自分の治療がどのくらいの効果があるのかを知らないで苦しいことを続けるのは非常に苦痛ですので、患者さん自身が運動療法の効果を知っておくことは大切です。以下が運動療法で得られる効果です。

  • 運動耐容能の改善
  • 心臓への効果
    • 左心室機能:安静時の左室駆出率不変または軽度改善、運動時の心拍出量増加反応の改善、拡張早期の左心室機能改善
    • 冠循環:冠動脈内皮機能改善、運動時心筋灌流改善、冠側副血行路増加
    • 左心室リモデリングの抑制
  • 末梢効果
    • 骨格筋:筋量増加、筋力増加、有酸素条件下の代謝改善、抗酸化酵素の発現増加
    • 呼吸筋の改善
    • 血管内皮:内皮依存性血管拡張反応の改善、一酸化窒素合成酵素発現の増加
  • 神経体液因子
    • 自律神経機能:交感神経の活性抑制、副交感神経の活性亢進,心拍変動の改善
    • 呼吸:呼吸中枢CO2感受性改善による換気応答の改善
    • 炎症マーカー:炎症性サイトカイン(TNFα等)低下、CRP低下
  • QOL(生活の質)の改善

(『慢性心不全ガイドライン2010』を参考に作成)

非常に細かい内容ですので全てを把握する必要はありませんが、心臓リハビリテーションによって心機能・呼吸・神経などに良い効果があることは知っておくと良いでしょう。

精神的サポート

心不全で入院加療を受けるとき、さまざまな不安や恐怖が襲ってきます。突然現れた症状の苦痛や今後のことへの不安、究極的には死への恐怖などさまざまなプレッシャーを感じます。こうした不安や恐怖から一時的な錯乱(せん妄)状態になる人も多いです。また、精神的に落ち込んでしまい、うつ状態になる人も少なくありません。

心不全のNYHA分類とうつ状態の関連】

心臓の重症度(NYHA)

うつ状態の発症頻度

11%

20%

38%

42%

今までできていたことができなくなる不安や羞恥心も大きく、心不全患者に対する精神的なサポートは重要です。一方で、自宅においても精神的なサポートは重要です。リハビリテーションに対するモチベーションを保つのに一役買えるサポートです。

急性心不全ガイドライン2011』では次のサポートが有効であると述べています。

  • 早い時期から家族との面会時間を確保する
  • 患者の訴えを遮らずに聞く
  • 検査や処置の前にその目的や方法を説明し不安を取り除く
  • 不安や疑問を訴えやすいように積極的に声をかける
  • 睡眠時間を確保するように配慮する
  • 活動制限や面会制限によってストレスが増大しないように気分転換できる活動を考慮する
  • 検査や治療、リハビリの計画を説明することで、患者が自分の今後の予定をイメージしやすいようにする
  • 落ち着きのなさや不眠が続く場合は不穏やCCU症候群を疑い、予防的対処を考える

心臓リハビリテーションに対して必要なサポートは個人個人で異なります。本人やその家族と医療者がよく話し合うことで、最適なサポートを目指します。

参考文献
・日本循環器学会ほか, 急性心不全治療ガイドライン(2011年改訂版)
・日本循環器学会ほか, 慢性心不全治療ガイドライン(2010年改訂版)
・Depression in Heart Failure: A Meta-Analytic Review of Prevalence, Intervention Effects, and Associations With Clinical Outcomes. J Am Coll Cardiol 2006;48(8):1527-37

患者の知識向上のために必要なもの

入院中は医療者が患者さんの状態について細かく管理してくれます。治療はもちろん生活の状況や体調面などさまざまなことを見てくれます。

  • 食事
  • 内服薬
  • 運動
  • 体重

入院中はこれらをチェックしながら心不全の状態が管理されますが、退院した途端に医療者の管理がなくなります。通院や訪問看護などを行いながら定期的に状態が確認されますが、日常で心不全の状態を管理するメインプレーヤーは医療者から自分自身に変わります。そのため患者さん自身が病気を正しく把握して、生活を改善することはとても大事です。

退院後は次のことに気をつけると良いです。

  • 毎日の体重測定と目標体重の比較
    • 目標体重よりもだんだんと増えていくような場合には心不全の悪化を考える
  • 心不全再発時の症状や身体の変化を知っておく
    • 症状や身体の様子を毎日自己チェックし悪化の早期発見に務める
  • 服薬を遵守し継続する
    • お薬カレンダーなど飲み忘れがないための工夫
  • 塩分摂取を制限する
  • 過度のアルコール摂取を控える
    • アルコール性心筋症の場合は完全な断酒が必要
  • 禁煙する
  • 適度な運動療法を継続する
    • 身体への負荷が強すぎても良くない
  • 心臓に関わる持病を適切に管理する

患者さんの知識向上は、運動耐容能の改善やQOLの向上のみならず再入院の予防にも重要です。知っておくポイントを医療者にあらかじめ聞いておくようにして下さい。

5. 補助人工心臓(VAD)

補助人工心臓(VAD:Ventricular Assist Device)とは心臓の働きを助ける装置を心臓の外に取りつける治療です。右心室の働きが弱い人には、右心房から血を抜いて肺動脈に戻す(右心室をスキップするような形)装置が用いられます。また、左心室の働きが弱い人には、左心房あるいは左心室から血液を抜いて上行大動脈に戻す装置が使われます。

この装置は年単位の長期間使用することができますので、心不全で長期的にサポートが必要な人に使用可能です。体内に埋め込むタイプと体外に作るタイプの2種類があります。

感染症や出血、血栓症などの合併症が起こるので、生活の中で常に注意が必要です。また、チューブの扱い方も慎重を期す必要があります。

6. 大動脈内バルーンパンピング(IABP)

大動脈内バルーンパンピング(IABP: Intra-Aortic Balloon Pumping)とは心臓の動きを助ける治療です。心臓は収縮期に血液を全身に送り出し、拡張期に全身から血流が帰ってきて次の収縮期の準備をします。IABPは大動脈内に挿入した縦長の風船が心臓の動きに合わせて膨らんだりしぼんだりすることで、心臓の働きをサポートします。

心臓の拡張期には風船が膨らみます。膨らんだ風船が圧力をかけることで、心臓のすぐ側にある冠動脈(心臓に栄養や酸素を送る動脈)への血流を増やします。こうして心臓の栄養と酸素を確保するのを効率的にサポートします。

心臓の収縮期には風船がしぼみます。膨らんでいた風船がしぼむことで血管内に陰圧がかかって、心臓から血液が出ていきやすくなります。すなわち収縮期に全身に血液が送られやすくなる仕組みです。

大動脈内バルーンパンピングは、心原性ショック急性心筋梗塞、不安定狭心症などに対して行われます。血管内に機械を留置するため合併症(血管損傷、動脈解離、血栓症、感染症など)が起こることがあります。そのため、状況を鑑みて必要性とリスクの両サイドから治療するべきかが判断されます。

7. 心臓が動かない場面での治療

心筋梗塞では、非常に重要になると心臓が止まってしまいます。また、わずかに動いていてもほとんど血液を送り出せなくなることもあります。その際には心臓が動くようにサポートしながら、身体の血液循環を保つようにする治療が行われます。

電気的除細動

心臓の正常な活動では、洞結節(右心房と上大静脈のつなぎ目のあたり)という部位から発せられた電気信号が、房室結節からヒス束を介して左右の心筋に伝わります。

【心臓の電気刺激の伝わり方】

図:心臓を動かす電気信号は洞結節で発生して左右の心筋に伝わる。

この電気刺激の伝わる回路のどこかに異常がある場合に不整脈が起こります。心筋梗塞では心筋の一部が血流低下によって壊死するので、不整脈が起こることが少なくありません。

不整脈は治療薬を用いることでコントロールできる場合が多いですが、重症になるとコントロールが難しく命にかかわる状態になることがあります。命に関わるような重症な不整脈に対して電気的除細動という治療が行われることがあります。

心臓に大きな電流を加えると心筋は脱分極という状態になると考えられています。この状態は不応期といって、他に電気刺激を受けてもこのタイミングの心筋は反応しません。いわば動きがリセットされるような状態ですので、一定時間を経て不応期が終わったタイミングで最初に受けた電気刺激に反応します。

この原理を用いたものが電気的除細動です。心臓に大きな電流を流して心臓の電気刺激を一旦リセットします。不整脈は心臓に対してバラバラに電気刺激が起こっている状態ですが、これをリセットすることで正常な電気刺激(洞結節から伝わる本来あるべき電気刺激)による心臓の運動に回復することが期待できます。

電気的除細動は致死的な不整脈に対して非常に有効な治療方法です。しかし、全ての不整脈に対して有効ではありません。電気的除細動が有効なのは次の2つです。

これ以外にも、血行動態が不安定な状態(血圧が下がる、意識が悪くなるなど)を伴うタイプの心房細動(AF)や心房粗動(AFL)、発作性上室性頻拍PSVT)でも電気的除細動が行われることがあります。ただ、この場合には意識があることが多いため、鎮静剤を用いた方が良いかあるいはできるだけ早く除細動したほうが良いかなど、状況に応じて患者さんの負担を軽減する配慮が必要になります。

一方で、救急救命の現場で起こる心停止(心臓が止まること)の原因中でも多くを占める次の2つの不整脈に対して電気的除細動を行っても意味が無い(あるいは状況を悪化させる)ことがわかっています。

  • 無脈性電気活動:心電図上には心室細動心室頻拍以外の波形が見られるが、有効な心臓の鼓動がないため脈を触れない状態
  • 心静止:心電図上、全く電気刺激が認められない状態

この2つの状態であれば心臓マッサージを行ったりエピネフリンを用いたりして、正常の電気刺激の回復による心拍の再開を待つことになります。この行為を心肺蘇生と言い、下の段落で詳しく説明しています。

AEDについて

不整脈によって突然死することはありますが、その一部は電気的除細動を行えば救うことができます。一方で、致死的不整脈はできるだけ早く電気的除細動を行う必要があります。

そこで、医療従事者以外でも使用できる自動体外式除細動器AED : Automated External Defibrillator)が近年多くの場所で設置されるようになりました。

AEDは2枚のシートを意識を失った人の胸に貼るだけで、心電図の解析を行ってくれます。また、解析の結果除細動が必要(心室細動、無脈性心室頻拍)と判断された場合には、除細動も行うことができます。

とは言え、一般市民がAEDを使う場合には不安を感じる人もいると思います。そこで、BLS(Basic Life Support)という一次救命処置を学ぶ講座があります。BLS講座は誰でも受けることができるため、いつかくるかもしれない救命の機会のためにBLS講座を受けておくことは大切です。この講座では、AEDの使い方のみならず心臓マッサージ(胸骨圧迫)の適切な行い方も習うことができます。

CRT:心臓再同期療法

心房と心室が協同した動きをしたときには、心臓の仕事量を無駄なく全身に血液を送る働きに変換することができます。同じように右の心臓(右心房、右心室)と左の心臓(左心房、左心室)が協同して動いたときには無駄のない良い仕事ができます。この考えから行われている治療が心臓再同期療法(CRT:Cardiac Resynchronization Therapy)です。

心筋梗塞で左右の心臓の動きや心房と心室の動きのバランスが崩れている場合にCRTが行われることがあります。CRTでは左右の心室をペーシングします。そうすることで心機能の改善が見込まれます。CRTは誰にでも効果のある治療ではありません。効果が期待できるのは次のすべてを満たす人です。

  • 心不全治療薬を用いても、軽く動いたただけで息切れや呼吸困難などの症状がある
  • 心室興奮時間が0.13秒以上である
  • 左心室の駆出率(EF)が35%以下である

CRTも通常のペースメーカーと同じく、前胸部の皮下に本体を埋め込んでリードを到達させます。リードを2本用いて、左右の心室に電気信号を送ります。

心肺蘇生

心肺蘇生とは心臓が止まってしまった人に対して蘇生を目指して行う医療行為のことです。心筋梗塞が重症になると心臓が止まってしまうことがあるため、心肺蘇生が行われます。

心肺蘇生では主に次のようなことが行われます。

  • 心臓マッサージ(胸骨圧迫)
  • 気道確保
  • 人工呼吸
  • 電気的除細動(AEDを含む)

心臓が動かなくなると血液が全身に回らなくなってしまいます。全身に血液が届かなければ酸素や栄養が足りなくなります。心肺蘇生は全身に酸素や栄養を到達させることが狙いです。また、心肺停止の時間が長くなると蘇生が段々と難しくなります。そのため、心肺蘇生は一刻も早く行うことが大切です。とはいえ、心臓が動いている状態に比べると血液が循環する効率は高くなりませんので、長時間心臓が再び動き出さないと蘇生は難しいです。

実はこれらは医療者でなくても行うことができます。しかし、いきなり行うことは難しいので、誰でも受けられる講習会(BLS講習会)を受けると良いです。

経皮的心肺補助

経皮的心肺補助(PCPS:Percutaneous Cardiopulmonary Support)は人工的な肺を体外に作る人工心肺装置です。大腿静脈から抜いた血液を人工肺に到達させて酸素を供給します。酸素を供給された血液は大腿動脈に戻され、全身に流れていきます。

この装置を用いると心臓と肺が連動して行う仕事(右心系の仕事)が楽になるので、心筋梗塞や心不全の超緊急時や心停止の際、重症の呼吸不全などの際に使用されます。一方で、出血や感染症、血栓症などの合併症が起こります。また、長期的な使用は難しく、一般的には7日以内の使用に留めるようにされています。

8. 発展が期待される治療:細胞シート治療(iPS細胞)

京都大学の山中伸弥教授が2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞したことは記憶に新しいと思います。彼らは人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced Pluripotent Stem Cell)を作製することに成功した功績で受賞しました。

iPS細胞は皮膚などの細胞を用いて作ることができ、一方で理論的にはさまざまな細胞に変えることができます。iPS細胞から心筋細胞を作ることで重症拡張型心筋症の治療に応用されつつありますが、理論上心筋梗塞で壊死した心筋に対して心筋再生治療を可能にすると考えられています。