網膜剥離の治療について:手術の方法とは
網膜剥離は放置すると失明に至る可能性があります。失明を予防するためには剥離した
1. 網膜剥離に対して行われる手術とは
網膜剥離の進行の程度や網膜に開いた孔の大きさ、位置、年齢や持病によって次の手術から適切な方法が選ばれます。
- 網膜凝固術
- 網膜復位術
- 硝子体手術
網膜凝固術は網膜にあいた孔を塞ぐための治療法です。孔があいただけで剥離が起きていない人であれば網膜凝固術のみが行われます。すでに剥離が起きている人では、凝固術で孔をふさぐとともに、網膜復位術もしくは硝子体手術が行われます。
網膜凝固術:レーザーなど
網膜凝固術は網膜の孔(網膜裂孔)の周りを凝固させて、硝子体の流出を塞ぐ目的で行われます。
網膜凝固術には、眼球の外側から行う熱凝固や冷凍凝固、瞳孔から眼球の内側に向かってレーザーをあてるレーザー光凝固があり、個々の病状に応じて選択されます。孔があいただけで網膜剥離が起きていない人は凝固術のみが行われることが多いです。孔があいていても剥離が進行しないと考えられる人は、そのまま
網膜裂孔に加えて網膜剥離が進行している人は、次に説明する網膜復位術や硝子体手術に合わせて、網膜凝固術が行われます。なお、網膜を凝固術を受けてもすぐには網膜は接着せず、剥がれてしまうことがあります。十分に接着するのに1週間程度は必要といわれており、この期間は安静が必要です(詳しくはこちらを参考にしてください)。
網膜復位術:強膜バックリング手術など
網膜に孔が開いていることに加え、網膜剥離を起こしている人に選択される手術です。孔が開いた部分を眼球の外側から凹ませた状態に維持することで、網膜を引っ張っている硝子体との緊張をとり、剥がれた網膜を元の位置に近づけて改善させます。
具体的には、網膜の孔に該当する部分を凹ませるように、眼球の外側からシリコンスポンジを縫い付けます。その後に孔をふさぐための網膜凝固術を行います。網膜の間に流出した硝子体の量が多い場合には、注射針で吸引して除去します。
孔の状態によっては手術後に硝子体内にガスなどの気体をいれて、網膜を内側から圧迫することで、孔の閉鎖や網膜の復位を早めます。この時、適切な位置に気体が当たるように、うつ伏せなどの指定の体位で生活する必要があります。この姿勢の維持は、次に説明する硝子体手術に比べて短期間で、術後1日程度ですむ人が多いです。
◎網膜復位術の利点、欠点
網膜復位術の利点と欠点は次の通りです。硝子体手術とどちらにするかは、網膜剥離の病状に加えて、年齢や持病なども合わせて決められます。
- 利点
- 術後の体位維持の期間が短い
- 早期の社会復帰が可能
水晶体 を温存できる
- 欠点
- 手術手技が難しい
- 術後に近視や乱視が強くなることがある
- 痛みや目の違和感、腫れがしばらくある
網膜復位術では眼球の一部を凹ませるために眼球が楕円形になり、多くの人で近視や乱視の悪化が起こります。この変化は手術直後に大きく、数ヶ月かけて徐々に改善しますが、手術前と同程度には戻らないことがほとんどです。そのため、術後はメガネやコンタクトレンズの調整が必要です。また、術後、通常の生活に戻れるまでの期間が早いという利点はあるものの、手術で触れる範囲が硝子体手術より広いため、痛みや違和感、目の充血、
硝子体手術
硝子体手術は眼球の中に針のように小さくて細い手術器具を入れて、目の中から網膜剥離を治す方法です。まず、網膜剥離の原因となっている、網膜を牽引する硝子体の一部を切り取ります。次に、網膜の間に溜まった液体を除去して、眼球内に気体を注入して圧をかけ、網膜をもとの位置に戻します。さらに、網膜の孔を接着させるために網膜凝固術が行われます。
網膜を凝固させただけでは接着が弱いため、硝子体を切除してあいた空間に医療用ガスなどの気体を入れて、内側から網膜を圧迫して接着を早めます。凝固した網膜がしっかり固まるまでの約1週間は剥離部分が気体でしっかり圧迫されなくてはなりません。そのために、剥離部分が天井方向になるよううつぶせや横向きに寝る必要があります。この姿勢の維持が辛いのですが、治療の一環として重要です。眼球の中の気体は一定期間たつと吸収されます。
重症の網膜剥離では、はがれた網膜を長期間接触させておく必要があるため、一定期間で吸収されてしまう気体の代わりにシリコンオイルを注入します。シリコンオイルは吸収されないため、数ヶ月〜数年経って網膜剥離が落ち着いた時期に、眼内から除去する手術が行われることがあります。
◎硝子体手術の利点、欠点
硝子体手術の利点と欠点は次の通りです。
- 利点
- 手術中に眼の奥を詳しく観察でき、小さな孔を発見できる
- 痛みなどが網膜復位術より少ない
- 欠点
- 手術後の体位維持が必要
- 増殖性硝子体網膜症が起こることがある
- 白内障が進行することがある
硝子体手術では、まれですが術後に増殖性硝子体網膜症になることがあります。これは網膜剥離を長期間放置した人にも起こる病気です。網膜を修復しようと細胞が増殖して新たに増殖膜という膜を作り、網膜にシワができてしまいます。硝子体手術を再度行って、網膜を元の位置に戻すように試みますが、しばしば難治性で視機能が回復しないことがあります。
また、60歳以上の人が硝子体手術を受けると白内障が進行しやすいです。白内障は硝子体より手前にある水晶体というレンズが白く濁る病気です。網膜剥離の手術では、硝子体を取り除いたほうが安全に手術を行えることがあり、40歳以上の人では水晶体を取り除いて、眼内レンズを入れる手術が併せて行われることがほとんどです。眼内レンズを入れるとピントを合わせる力が弱くなるので、老眼が強くなったりメガネの度数の変更が必要になることがあります。
2. 手術に関する疑問について
網膜剥離の手術を受けることになった人や家族が受ける人は不安なこともあると思います。手術の麻酔方法や痛みに関して説明します。
手術の麻酔はどのように行われるのか
網膜剥離の手術は
◎全身麻酔
全身麻酔をすると薬で眠ったような状態になります。意識がない間に手術が行われるため、痛みを感じず、目を動かしてしまう心配がありません。万一動いてしまうと手術を安全に行うことができないので、1-2時間の手術時間をじっとしていることが難しい人は全身麻酔がお勧めです。しかしながら、持病によっては全身麻酔を受けることができない人もいます。全身麻酔が希望の人はお医者さんと相談してみてください。網膜復位術では痛みが強いことから、全身麻酔が選択されることがあります。
◎局所麻酔
局所麻酔では眼球に麻酔をして手術が行われます。手術中も意識があるため会話が聞こえます。眼球のさらに奥に麻酔薬を注射する「球後麻酔(きゅうごますい)」という麻酔もあり、これは麻酔薬を入れる時に重い感じがします。
局所麻酔は自分で目を動かせる状態です。手術中に目や顔、身体を動かすと危険なので動かさないようにしてください。動かしたい場合には、お医者さんに伝えて指示を仰いでください。
それぞれの麻酔方法に利点や欠点があります。病院によっては受ける手術で麻酔方法が決まっていることもあります。担当のお医者さんの説明を聞いて、よく相談してみてください。
手術は痛いのか
全身麻酔か局所麻酔をしてから手術をするので痛みはほとんどありません。特に全身麻酔では意識がない状態で行われるので痛みは感じません。どちらの麻酔方法が選択されるかは、病院の方針のほか、網膜剥離の病状や持病の有無などによって決められます。
手術後も多くの人では強い痛みはありません。もし痛みがある時は、鎮痛薬で対処できるので医療スタッフに相談してみてください。
手術時間はどのくらいかかるのか
網膜剥離の手術時間はほとんどの場合、1-2時間程度です。しかし、網膜剥離の病状によって手術の難しさは異なり、手術時間も異なります。時間の目安については、担当のお医者さんに聞いておくと安心です。
手術直後に起きやすいこと
手術直後に起こりやすい合併症として次のようなものがあります。
- 目の痛みや違和感
- 目の充血
- まぶたの腫れ
網膜剥離の手術後は目の違和感や痛みを感じることがあります。強い痛みはまれですが、痛みのある時には鎮痛剤で抑えることができます。目の充血やまぶたの腫れは、硝子体手術よりも網膜復位術を受けた人で強く起こります。いずれの症状も自然に改善します。
3. 網膜剥離の後遺症はあるか:見え方の変化など
網膜剥離の手術を受けても視力が戻らない人や、ものが歪んで見える人がいます。これらの症状が起こるかどうかは、網膜の中央にある「
黄斑部剥離がある人の視機能がどのくらい回復するかは、年齢や網膜剥離が起きてから手術までの時間によります。手術後に視機能が改善しなかった人でも、視野が全体的に見えるようになり、網膜剥離を起こしていない側の目がよく見えていれば、日常生活が不自由になることは少ないようです。
なお、黄斑部剥離を伴わない場合でも、手術後に見え方の変化が起きることがあります。網膜復位術や水晶体手術を伴う硝子体手術を受けると、ピントのあう位置が変化して裸眼での視力が変わるためです。これらの人ではメガネやコンタクトレンズで調整を行えば、手術前と同程度の矯正視力が得られることがほとんどです。
4. 治療前後の注意点や治療費について
網膜剥離の手術前に気をつけること、手術後どのような生活になるのかといった生活の注意点、安静期間や入院期間などの疑問について説明します。
手術前に気をつけることはあるか
網膜剥離と診断されたら、網膜剥離が進行しないようにするため、手術までなるべく安静にしていてください。安静時には、孔の部分が下に来るように頭の向きを保つと進行を防いだり改善したりすると言われています。お医者さんに指示された体位がある場合には、それに従ってください。
日常生活は普段通りで構いませんが、運動や身体を動かす仕事は避けてください。また、コンタクトレンズの使用は避けてメガネで生活してください。
手術後の安静について:うつ伏せ姿勢の期間など
網膜剥離の術後は網膜が再度剥がれてこないように安静が必要ですが、その期間の長さは病状や医療機関によって異なります。ここでは一般的な安静期間の流れについて説明します。
手術後3日程度は、トイレ、食事、診察以外の時間はベッドで安静にします。眼球内に空気やガスを入れた人は、ガスが孔の部分にあたるように、指示された体位で生活をします。孔の位置によって、うつ伏せ(
同じ体位でいることは思いのほか辛く、手術よりも手術後の安静期間が大変だったという話も聞きます。しかし、体位の維持は網膜剥離の治療で重要なポイントです。医療機関では、できるだけ決められた体位が取りやすいように、枕やクッションの工夫がされています。医療スタッフとよく相談しながら安静期間を過ごしてください。
治療に必要な入院期間はどのくらいか
最近では日帰り手術を行っている医療機関もありますが、一般的には4-7日間程度の入院が必要です。退院後も病状に応じて約1週間の自宅安静が必要になったり、決められた体位を取ることが必要なこともありますので、お医者さんに聞いてみてください。
治るまでどのくらいの期間がかかるのか
「治る」の定義によるので一概には言えませんが、手術後半年を経過すると再発のリスクが減るので一つの目安といえます。
9割の人は1回の手術で網膜が正しい位置に戻りますが、残り1割の人はうまく穴が閉じなかったり網膜剥離を再発したりして、再度の手術が必要になることがあります。再発は2-3か月以内に起こる人が多いため、定期的に外来通院を続けてください。
術後半年経過した時点で病状が安定していれば、再発のリスクは少なくなりますが、数年を経過して起こる合併症もあるため、長期間の通院が勧められる人もいます。いつまで外来通院を続けるかは病状によって異なりますので、お医者さんに確認してみてください。
手術後の注意点について:運動や飛行機搭乗はいつから可能か
手術後、どのくらいの期間がたてば手術前の生活に戻れるのかは気になる人は多いと思います。ここでは一般的な話をしますが、病状によって、安静期間や禁止期間は異なりますので、診察を受けた際にお医者さんに相談してみてください。
◎コンタクトレンズはいつから使用できるか
コンタクトレンズは少なくとも入院中は控えてください。退院後、いつから使えるかについては、病状によります。メガネは眼帯や保護具が取れたら、入院中からでも使用してかまいません。
手術後は乱視や近視が悪化することが多いため、視力が安定した後にメガネやコンタクトレンズを作り変える必要があります。
◎運動はいつからできるか
運動の種類や病状、視力の回復程度によりますが、一般的に術後2-4週間を目安に再開できる人が多いです。しかし、身体が強くぶつかり合う運動は1か月以上経過してからの再開が望ましいです。適宜相談してみてください。
◎飛行機搭乗や高地への移動がいつからできるか
網膜復位術や硝子体手術では、網膜を接着させるために眼球内に空気や医療用ガスを入れることがあります。医療ガスは気圧が低下すると膨張し、眼圧を上昇させたり眼球破裂を起こす危険性があります。そのため、医療用ガスが吸収されるまでは、飛行機に乗ったり、標高1000m以上の高地へ移動することをさけてください。
大まかな禁止期間は次の通りですが、病状によって行動の制限は異なるので担当のお医者さんに相談してみてください。
- 空気のみを注入した場合:約1-2週間
- ガスを注入した場合:約1-2ヶ月
手術時に空気やガスではなく、シリコンオイルを入れた場合には特に上記の行動を制限する必要はありません。
◎笑気を使った麻酔での手術はいつから受けられるか
歯科治療の全身麻酔でよく用いられる笑気ガスには眼圧上昇の作用があります。飛行機搭乗や高地への移動と同様の理由で、一定期間は笑気ガスでの麻酔を受けることを避けてください。なお、笑気ガス以外の薬で麻酔を受けることはできるので、すべての手術が受けられないわけではありません。もし手術を受けることになった時には、忘れずに網膜剥離の術後であることを伝えてください。
手術費用はどのくらいかかるのか
手術費用は手術方法と麻酔方法によって異なります。硝子体手術では手術だけで3割負担で約12-17万円の自己負担がかかります。網膜復位術は3割負担で手術費用のみで11万円程度です。このほかに麻酔の費用と、入院をする人では入院費が別途かかります。高額療養費制度なども利用できるので、詳しいことは医療機関に確認してみてください。
高額療養費制度について詳しくは厚生労働省のウェブサイトやこちらの「コラム」による説明を参考にしてください。
網膜剥離の名医はどこにいるのか
どのような医師を名医と考えるかは、人によって異なります。手術がうまい人だったり、診断が的確で早い人だったり、よく話を聞いて寄り添ってくれる人だったり、その基準は人それぞれです。つまり、出会った医師を名医と呼べるかどうかは一人ひとりの考え方が大きく影響します。
とは言え、一つの目安として、日本眼科学会で認定された専門医がホームページで公表されていますので、参考にしてみてもよいかもしれません。一定の経験を積んで、眼科一般の知識がある医師が認定される資格です。
網膜剥離はそのままにしてしまうと進行して視力の回復が悪くなることがあります。医師選びに時間をかけるよりも、極力早く機関を決めて手術を受けたほうが治療の効果が高いと考えられます。