2024.01.18 | コラム

大規模災害時に起こる感染症とその対応

Dr.伊東が解説!破傷風・インフルエンザ・新型コロナ・ノロウイルスなどへの注意

大規模災害時に起こる感染症とその対応の写真

令和6年能登半島地震において、被災された皆様へ心からお見舞い申し上げます。今回のような津波を伴う大地震の被災地あるいは避難地域においては、ライフラインの途絶や、清潔な水の不足による飲料水の不足と不十分な手洗い、トイレの衛生環境の悪化、食料不足による栄養状態の悪化など、多くの要因が重なることによって感染症発生リスクが高まります。本コラムでは、大規模災害時に起こる感染症とその対応について解説いたします。

1. 大規模自然災害時に発生しうる感染症

発災直後〜1週間以内には、外傷(ケガ)などに伴う創部感染症、破傷風、ガス壊疽、誤嚥性肺炎、汚染水の吸入によるレジオネラ肺炎などの感染症が見られやすくなります [1,2]。一方で、発災後1週間以降は、風邪、インフルエンザ、新型コロナウイルス感染症、気管支炎、肺炎といった呼吸器感染症、感染性胃腸炎などの消化器感染症が発生しやすくなります[1,2]。

東日本大震災発生時には、ケガそのものによる病気に引き続いて、1週間が過ぎると次第に感染症が増加しました[1]。本年度の冬季シーズンは、インフルエンザ、新型コロナウイルス感染症、感染性胃腸炎がすでに流行していますので、避難所など密集した集団生活の場ではこれらの感染リスクが特に高いと考えられます。実際に、東日本大震災発生時の避難所ではインフルエンザのアウトブレイクが発生しており[3]、2007年の能登半島地震発生時の避難所ではノロウイルスのアウトブレイクが起きています[4]。さらに、避難所では、食料・水不足により栄養状態が悪化し体力が低下するうえ、十分な口腔ケアができずに口の中が不衛生になりやすいことや下水環境が悪化することなどから、感染症を起こしやすい状態となります。その結果として、誤嚥性肺炎・細菌性肺炎、尿路感染症などが発生する可能性が高くなります(下図)[5,6]。

 

出典:日本環境感染学会「大規模自然災害の被災地における感染制御マネージメントの手引き」S20図2をもとに作成

 

2. 災害時の感染症対応

災害時には、感染症リスクが高くなるにもかかわらず、ライフラインの途絶や必要な物資・人材不足によって十分な感染症対策が困難になります。一方で、できる範囲で効率的に、リスクを少しでも軽減していかねばなりません。病原体は接触感染、飛沫感染、空気感染の3経路のいずれかを介して広がるため、これらを意識した感染対策が大切です。日本環境感染症学会は、避難所などでの感染を予防するための8か条を提案しています[7]。

 

表. 感染予防のための8か条と療養のポイント [7]

なるべく守っていただきたいこと
①安心できる水だけを飲用とし、きれいな湯呑みやコップを使いましょう
②ご飯の前とトイレの後には、特に念入りに手をきれいにしましょう
③食べ物を保管するときは、冷所に保存しましょう
④おむつは所定の場所に捨てましょう

こんな症状があるときは
⑤せきが出るときは、周囲に飛ばさないようにマスクで口を覆いましょう
 ✔マスクがあるときは、マスクをしてください
⑥熱っぽい、のどが痛い、せき、けが、嘔吐(吐くこと)、下痢があるときは、すぐに申し出てください
⑦熱や下痢がある人を看病する人は、できるだけマスクを着用し、接触後はすぐに手指を清潔にしてください
⑧次の症状がある人は、肺炎の疑いがありますので、すぐに受診をしてください
 ✔せきがひどいとき、黄色い痰がでているとき
 ✔息苦しいとき、呼吸があらいとき
 ✔ぐったりしているとき、見当違いの会話をしているとき

 

手指衛生は、汲み置いた水や、ミネラルウォーターではなく、利用可能であれば塩素を含む水道水が望ましいです。手を拭く際には共用のタオルは使用しないようにしましょう。擦り込み式アルコール手指消毒薬も有効ですが、一部の感染性胃腸炎では流水手洗いのほうが有効な場合があります。

避難所では、無症状者からのエアロゾルや飛沫感染経路をとるCOVID-19の拡大にも注意が必要であるため、常にマスク着用(ユニバーサルマスキング)が勧められます。また、日本環境感染症学会では、医療関係者、一般の方用に大規模災害後の感染症に関するリソースの一覧を公開していますので、必要時に参照してみてください[8]。

 

3. がれきの撤去作業と破傷風

がれきの撤去作業では、破傷風の感染症発生リスクが高まります[9]。破傷風菌は、土壌やアスファルト面などあらゆる環境に存在し、ケガをした時に傷口から感染します。破傷風は、破傷風菌が産生する神経毒素によって、次のような特徴的な症状が出ます[10]。

 

  • あごがこわばりで口が開きにくい
  • ものを飲み込みにくい
  • けいれん

 

感染から症状が見られるまでの期間(潜伏期間)は3-28日です。けが防止のため、素肌を露出しない服装、丈夫な手袋、長靴、安全靴などを身につけて行うことが大切です。水や土、汚染された廃材などを素手でさわったり、釘などを踏み抜いたりすることで、感染します。破傷風感染の予防にはワクチンが有効で、破傷風トキソイドの他、三種混合ワクチン(ジフテリア、百日咳、破傷風)の中にも含まれています。ワクチンの効果は時間とともに弱まるために、10 年ごとに破傷風トキソイドを再接種することが望ましいです。

 

4. 災害に備えて必要なワクチン

被災地ではしばしば、地域外の人からの持ち込みによる感染症が発生します。被災者、ボランティアの両者がリスクを負うため、常時から必要な予防接種を受けておくことが重要です。特に、これから被災地にボランティアに行く人は、基本的なワクチンとして次の接種が推奨されます。

 

【被災地にボランティアに行く人が済ませておきたい予防接種】[11]

  • 破傷風トキソイドの追加接種
  • インフルエンザワクチン
  • 新型コロナワクチン
  • 水痘ワクチン
  • 麻しん・風疹ワクチンの接種
  • ムンプス(おたふくかぜ)ワクチン
  • 百日咳ワクチン(3種混合ワクチンの追加接種)

 

被災地の方々の健康を守るためにも、自身を守るためにも、十分な感染症対策にご配慮いただくようお願いいたします。

 

参考文献

1. 賀来満夫:東日本大震災から学ぶ内科疾患:特徴,対応,予防―5)感染症.日内会誌103:572‒580,2014

2. Izumikawa K. Infection control after and during natural disaster. Acute Med Surg. 2018 Sep 23;6(1):5-11.

3. Hatta M, Endo S, Tokuda K, Kunishima H, Arai K, Yano H, Ishibashi N, Aoyagi T, Yamada M, Inomata S, Kanamori H, Gu Y, Kitagawa M, Hirakata Y, Kaku M. Post-tsunami outbreaks of influenza in evacuation centers in Miyagi Prefecture, Japan. Clin Infect Dis. 2012 Jan 1;54(1):e5-7.

4. Nomura K, Murai H, Nakahashi T, Mashiba S, Watoh Y, Takahashi T, Morimoto S. Outbreak of norovirus gastroenteritis in elderly evacuees after the 2007 Noto Peninsula earthquake in Japan. J Am Geriatr Soc. 2008 Feb;56(2):361-3.

5. Suzuki M, Uwano C, Ohrui T, Ebihara T, Yamasaki M, Asamura T, Tomita N, Kosaka Y, Furukawa K, Arai H. Shelter-acquired pneumonia after a catastrophic earthquake in Japan. J Am Geriatr Soc. 2011 Oct;59(10):1968-70.

6. Aoyagi T, Yamada M, Kunishima H, Tokuda K, Yano H, Ishibashi N, Hatta M, Endo S, Arai K, Inomata S, Gu Y, Kanamori H, Kitagawa M, Hirakata Y, Kaku M. Characteristics of infectious diseases in hospitalized patients during the early phase after the 2011 great East Japan earthquake: pneumonia as a significant reason for hospital care. Chest. 2013 Feb 1;143(2):349-356.

7. 環境感染症学会. 感染予防のための8か条と療養のポイント(初版)

8. 日本環境感染症学会. 令和6年能登半島地震に関して

9. 東北大学大学院医学系研究科感染制御・検査診断学分野. がれき撤去における感染予防のポイント

10. 日本感染症学会. 東日本大震災 -地震・津波後に問題となる感染症- Version 2

11. 国立感染症研究所. 令和6年能登半島地震による石川県における被害・感染症に関するリスクアセスメント表.

※本ページの記事は、医療・医学に関する理解・知識を深めるためのものであり、特定の治療法・医学的見解を支持・推奨するものではありません。

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